ハリーのタカの目ブログ

起業日記になりそうな予感

福岡で起業、9年目に入りました

つまるところ「国語力」

2015年に起業したころ、何もかもが見えていなかった。

会社の未来像も、経済的基盤も、協力してくれる心強い仲間も、自分を必要としてくれるお客さんの姿も。

ただ自由自在であることを誇りに、こんな自分でも面倒を見てくれるお世話になっていた方々に寄りかかりつつ、アルバイトのような契約仕事をこなしていた。

心の底ではいつもおびえていたように思う。

 

8年が経った今、眼前に広がる風景はとても想像できるものではなかったけれど、確かにいつかの僕が夢に望んだもののひとつだったかもしれない。

しかし、まだやれることはあるのだ。というか、成すべきことは多い。

そのひとつが、中小企業ではたらく人たちの「国語力」を磨くこと。これに尽きる。

細かいことは置いといて、AI時代の今こそ、これが貫くテーマのひとつになると思っている。痛切に感じる機会が多い。企業組織で起きている諸問題は、ほぼここに帰趨するのではないとも思う。

コミュ力が大事って言うけれど、その背骨は国語力だなと。今まで意識してなかったのは当たり前だと思っていたからだろうか。

とりあえず今ここって感じで次の話題。

 

仲間が減って、たくさん増えた

2022年は、自分を入れて常勤メンバー3名、スポットメンバー2名のゆるやかなチーム体制だった。プロジェクトも2〜3。

今年の春に、超強力な常勤メンバーが資格取得のため一時離脱し、片翼をもがれた思い続いている。

一方、この1年でプロジェクトが多岐にわたりはじめ、ご紹介を機に常勤メンバーがひとり増え、準常勤メンバー(非常勤よりも関わりが継続的)が2人も参画。とてもありがたいし、心強い。

メンバーに払えるお金も継続的かつ増加傾向にあるし、お客さんからの信頼も厚い印象がある。会社が、器らしくなってきた。

 

見直す時期

とはいえ、現状維持に専念できるほどの基盤はまだない。提供価値に対して適切な価格設定ができていないところが問題で、対価の考え方を整理して構成し直すことが求められている。

 

僕が営業せずとも、僕を信頼してくださる方が仕事を持ってきてくださってそれが収益基盤になっているのは本当に感謝しかない。

ただし、僕以外の常勤メンバーが仕事を作って収益化できる体制は構築できていないので、ここの模索がひとつの大きな課題でもある。

 

大学生インターンを受け入れて8年が経つ。長期インターンを受け入れる企業(内実はただのアルバイトな気がするけど)が福岡でも増えたのと、学生の質も変わってきた。こちらの求める部分も変わりつつあって、ひょんなことからとても有意な東京の学生が参画してくれたこともあって、インターンのあり方も見直す時期に来ている。

 

一般化×体系化する

この1年、複数の中小企業で組織づくりやマネジメントの話をしてきて、「マネジメントってこういうの必要だよね」と体系的にまとめることの重要性に気付き始めている。

中小企業では管理職とは何かとか、マネジメントって何するんだとか、そういうのがない。

もしあっても、その会社の個別具体的な事情に応じたマネジメントはあるけども、世間一般の、かつ、中小企業に適したマネジメントと呼ばれる社会通念上のものがない。

オーナー特性×事業特性×規模×中小企業あるある×世間一般を踏まえたマネジメントは、個別具体的な文脈を前提に我流で構築するしかない。これをどう一般化するか、腕が鳴る。

もっと言えば、経営サイドから組織をどう作っていき、そこに求められるマネジメントや仕組みはどう変わっていくのか、少し高い位置の話もない。経験談として語られることはあっても、一般的にまとめられたものはない。

そもそも時代が変わる中でそんなこと可能かもわからないが、チャレンジする価値はある。

 

挑戦のリスタートとスタートアップ

2年前に作った起業経営体験ゲーム(ボードゲーム)がある。

その場だけで終わるかと思ったが、とある大学の起業教育を研究する先生から、奇跡的にお問い合わせを頂いてその大学で実施する運びとなった。

講義終了後、男子学生が僕に

「このゲームに投資したい」

と話しかけてくれて、お、東京ってこんなクレイジーな学生がいるんだと見直してしまった。

よくよく話を聴くととてもゲームが面白かったので何かしらジョインしたいとのこと。

こんな反応を期待していたわけではなかったので、非常に嬉しくてインターン生として受け入れて活動してもらうことになった。

友達のスーパーエンジニアに忙しい中でゲームの一部の要素をウェブアプリ化してもらったり、デザイナーに頼んでボードやカードをリデザインしてもらったり、強力な協力者のおかげで最大限アップデートを繰り返しつつステージを進めるこの感じ、スタートアップに他ならない。資金調達とか派手なことをせずに行けるところまで行ってやる、今はそんな気概である。

 

「国語力をどうするか問題」

国語力の内容を整理すると、現段階でこのようになる。

  1. 文脈をつかむ力
  2. 言葉を聴き取って正しく理解する力
  3. 文字を読んで正しく理解する力
  4. 要約して、解釈する力
  5. 論理構成を整え、筋道を立てる力
  6. 意見または疑問を正しく持てる力
  7. 正しい問いを立てる力
  8. 適切な質問を投げかける力
  9. 日本語の文法に則して意見を正しく話す/書く力
  10. 語彙力
  11. 表現力/説明力(プレゼン力)
  12. 比喩、または、言いかえる力

1〜3はインプット

4〜7は内的な咀嚼、消化

8〜9はアウトプット

10〜12はすべてを支える力

以上がコミュニケーションの背景にあるものと思っている。

 

さて、こう考えると「コミュ力大事問題」は、「国語力をどうするか問題」へと昇華できるのではないか。

適切な国語力を身に着けるには「本を読め」といつかどこかの学校の先生(大体は国語の先生とか図書館の司書)から言われることだが、若さの常としてほとんどスルーされてきた行動課題だろう。

では、人はいつ国語力をみがくのだろうか。

①そのまま過ごす

②大学で本を読んで多少上がって社会人になって読まなくなってそのまま

③ずっと本を読んで多種多様な経験と掛け合わせて国語力が上がり続ける

ほぼ多くの人が①②。

なので③の妥協案として、国語力をぐっと上げる機会がたまにある、そんなとこだろう。

で、そのぐっと上げるのをどうするか。これを今からやっていく。

来年くらいに何かしら成果が上がっているはずだ。

 

たくさん話す場を頂いた

この1年、本当に色々な場で人前で話す機会を頂いた。

もうこんな大舞台ないだろうと思える場もあり、もはや人生のピークだった感も否めない。

今に至るまで話す機会はあるものの、毎回、聴き手が満足行くレベルのものが提供できたかわからない。ただ、講師業とか講演業の人と比べればたいした数ではない。

爆笑問題がテレビで「お笑いの舞台でスベる確率は75%」、「二度と忘れられないと思えるような舞台は35年で一回程度」と言ってて、プロ中のプロからすれぱ自分の経験値は天と地の差がある。

それでも人前での話の良し悪しを科学してみると

・話芸

・話し手のキャラ要素

・話し手のモード(何を狙っているか)

・聴き手の文化コード(参加背景・ニーズ、態度、知識、生育環境や笑いに関する文化)

以上のマッチングによると思う。

とはいえ、わかったとしてもいい話ができるとは限らないので、もうこの場で話すのは最初で最後なのだと思って毎回がんばるしかない。

最終的には精神論。

 

引き続き

  • 勉強する
  • 人に会う

以上を続けていく。

この1年は行ったことのないところに行って、経験したことない経験を積むことになりそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福岡で起業、8年目に入りました

2022年11月、今年も1ヵ月と少しを残すことになりました。

 

昨年の記事です。

harryike.hatenablog.com

 

コロナはあいまいな感じで収まりを見せているような、やっぱり第8波がとか言っている状況で。

でも、天神周辺を歩いていると韓国の方をたくさん見かけるようになったり、2年前はがらんとしていた博多駅天神地下街は人出でにぎわっていたり。

昔と違うのはみんなマスクをしていることかな。あと、他人に話しかけづらくなったこととか。

 

業績は過去最高に

先日、業界大手を早期退職で辞めて、50代起業数ヵ月の方とお会いした。

「色々計算すると当初の想定より収益が少なくて、このまま行くとまずいんじゃないか」

まさに起業のリアル。

ただ、僕はこの7年間、意味合いは違うけれども「このままではまずい」とずっと思い続けているし、今も思っている。

それが経営なんじゃないかと。

 

「会社にした意味あったのか。個人事業主でも良かったんじゃないか」

僕も会社を作ってから4年くらいはほぼ個人事業主レベルでしか仕事ができていなかったけど、ある程度の会社と契約するうえでは法人であることが優位に働くし、法人として情報発信することに意味があったりする。

あと、会社という子供のような箱のような存在を目前にして、経営者本人の心持ちも変わるように思う。

うまく行かない時はうまく行かない時なりに人間は価値判断や学習を行うし、逆にうまくいっている時は誤った成功法則を学習してしまうのだろう。それがやがて大きな失敗の種となる。

 

この7年間、今思えば苦しい時もあったけど、その時その時の「このままではまずい」を「ではどのような状態であればいいのか」と前向きに思考を切り替えて、その時に考えうるより良い選択肢を取っていった結果、100点ではないにせよほとんどの課題が解決を見ている。

具体的に挙げると次のようなものになるが、会社が少しずつ発達していく段階を踏んでいるのかもしれない。

・1社への収益依存体質から脱却する

・代替性の高い(替えが利く)仕事から、より代替性の低い仕事へ

 (ただしこれは今、事情によってあえて逆流しつつある)

・個人体制から組織(チーム)体制へ

・チームの価値を対価に反映させる

・より強固な経済基盤(ストックの収益)をつくる ※ 道半ば

これらを実現していった結果、第7期目は過去最高売上&利益を達成した。

 

「起業してから酒量が増えた」と先ほどの起業した方は言っていた。

大丈夫、僕も前から減ってない。

仕事自体は楽しくやっているが、ふと気を抜いた時、無意識に感じていたストレスが顔を出して酒に逃げているのかもしれない。

酒をやめられたら僕は仙人の境地に行けるんじゃないかと思っている。

 

チーム体制

そんなわけで、業績は良くても心安らぐ日が訪れるわけでもなく、常に会社が進化していくことを楽しんで苦しんでいる自分がいる。

最近読んだ本に「キリンは600万年かけて首を4m伸ばし、あの形になった」と書いてて、一年平均で1万分の6㍉(多分)と思うと、そんな感じで会社も進化していけばいいかなと。

 

解決していった会社の課題のひとつ「個人体制から組織体制へ」について。

なぜ個人事業主ではダメかというと、そもそも自分がいい組織を作るために起業しているので、いつまでも一人でやっていたら自らの使命を放棄することになるから。

それで、この2年くらいは意識的にチーム構築と、チームで受けられる仕事をつくりだすことと、チームでやったことをお客様から頂く対価に反映すること、この3つを取り組んできた。

雑に3つ書いたが実はその過程は長くて、最初はとりあえずチームを作って、何につながるかわからない自主開発的な仕事をしてお金だけ払って(※)、しばらく時が過ぎた。

※ 何になるかわからない、趣味のような仕事だったので僕は「パーソナル・ベーシックインカム」という呼んでいる。壮大な実験だったが結果的に一時の成功を見ている。ちなみにそのメンバーはこちら。伏線だったんだなぁと。

harryike.hatenablog.com

 

その間、以前からの知り合いに在宅メンバーとして加入してもらって、お客様との仕事や僕が持ってる仕事を振るようにした。そのことは昨年も書いた。

それで次の課題は、チームでやってることをいかにお客様に理解してもらい、その価値をお金に換算し、対価として請求するか。ここが大きな壁だった。

やってみるとそんなに難しくはなかった。けど、今でも思う。お客様は会社にお金を払ってるけども、「僕という存在価値」にお金を払っている節もある。これを補完する形でメンバーの価値をどう伝えるか、大きなポイントだった。

結果的にうまくお金に出来て、お客様にも喜んでいただけたので、うちのメンバーが動くことでより高い価値を提供できるのだと今では自信をもって言える。

実際、以前の自分一人体制では絶対にできなかったようなことが、今はチームで実現できていると、この一年で痛感した。

書き出せばキリがないが、具体的に書き残しておくと

・メンバーの一人が仕事をしているうちに必要に感じてGAS(Google App Script)を勝手に学んでくれて、自走するようになった(もはや僕のレベルをはるかに凌駕)

・僕が解決できなかった問題をメンバーのアイデアで解決できた

・僕がやるよりもはるかに上手に、お客様と関係を構築して付き合っている

・僕が動けない間に、メンバーが動いてくれてお客様も助かっている

・僕が収集した情報をもとに計画を進めようとしたが、何気ないミーティングの拍子に、メンバーが持っていた情報が実はすごく価値を持っていることがわかり、それが結果的にお客様のためになった

・やはり社長は最後の砦感あるので、僕が最初から出ていかないことにお客様への対応上は効果もある

などなど、組織の力ってやっぱりすごいと実感した。

リーダー、あるいは、マネジャーの仕事とは、自分ができる仕事を他の人にしてもらうだけではなくて、自分ができないことをいかに他の人にしてもらうかも含まれている。むしろこちらの方が重要な業務であると思う。

 

「積み重ね」でしかない

しかし、何もかもをチームでやることが良いとは限らない。

僕にしかわからないこと(かなりの努力を要する)を、変にチームでやろうとするととてもじゃないがうまく行かない。

なので、その領域は僕ひとりでやって、その分他の人にはマネできない付加価値の高いものとして一定の対価を得られる(ここがある分、チームに投資ができる)。

また、次の課題となる「労働集約的業務からストック型経済基盤の構築へ」は目下取り組み中だが、要は僕やチームがリアルタイムで動くとお金を得られるが、何もしてないとお金が入ってこない状況は将来的に不安しかないからこれをやらざるを得ない。

楽して稼ぎたいのではなく、新しいことに挑戦するには安心して取り組める後ろ盾が要るからだ。

以前は同じビジネスモデルで顧客を分散させることを意識してきたが、今は収益の獲得方法(ビジネスモデルそのもの)を分散させていることになる。

様々な会社を見てきて、基本的に新しいことへのチャレンジはほとんどの人が消極的であると言ってよい。なんやかや理由をつけてやらないか、遅らせる。最終的にはやればよいのだけど。

僕のモットーのひとつに「ゼロはいつまで経ってもゼロ」ってのがあって、0.00001と0の差は天と地の差があると思っている。一つでもいいから、間違っていてもいいから、とにかく何かのレンガを積んでみる。しかも、何かを作ろうと意図的にでなくてもいいから、とにかく積む。

結局、僕が今実現できていることも、過去になぜか積んでいたものが、あるいは、種をまいていたものが、何かしらの形で実を結んでいるに過ぎない。実は、その背景にはいまだ陽の目を見ていない無数の積み重ねがあって、ほんの小さな出来事だけが運良くつながっただけで、僕の能力とかは関係がない。ただ感謝して生きるだけだ。

人間関係にしても、基本的にメンバーは何年(何十年)も付き合いのある人だけで、ちょっと会った人とどうこうなるというのは僕には難しい。だからこそ会社は大きくならないのだけど。

IT関係の知識も、僕が幼少期にわずか短い期間だけあったパソコンを触っていたとか、大学生の時にインターネットで色々遊んでいたとか、そういう経験が今に活きている。当時は仕事につながるとかまったく思っていなかった。

したがって、やはり人生にムダは無いというありきたりな結論になる。だから僕は新しいことに挑戦し続ける。

 

ローマは1日にして成らず/すべての道はローマに通ず

ここ2~3年くらい、ビジネス書を読まなくなった。本屋に行ってもビジネスコーナーを素通りすることが多い。

理由はいろいろあるけど、単純にビジネス書はつまらないと感じるからだと思う。それで、今は塩野七生ローマ人の物語』文庫版全41巻のうち29巻までを読み進め、他には進化生物学とか脳科学とかを読んでいる。

ローマ人の物語』文庫版27巻と28巻は、他の巻と異なってローマ帝国のインフラについて、ハードとソフトの両面にわたり見事なほどにまとめられている。

印象的なのはラテン語に「インフラストラクチャー(infrastracture)」に当たる語は無く、では、何百年もかけて通した12万kmの道や芸術的なまでの水道橋、河にかける橋、街中の上下水道、数々の公共建築物はローマ人に何と呼ばれていたのか。

意訳すると「人間が、人間らしく生きるためのもの」という言葉で、まさにそれこそが「文明」だった。見出しのことわざはよく聞くけども、これを読むまで本当の意味を理解はしていなかった。

それで、私たちが長い時間をかけている会社や組織のインフラ(人が人らしく働けるもの)とは何だろうかと思うようになった。ローマ人が毎日少しずつ道を通していたように(数々の戦争で中断はあったが)、僕も何かを通していく必要がある。

今、ここで答えがあるわけではないけども、インフラの観点から組織を眺めることでまた違った風景が見えるだろうと思う。こういうのはビジネス書から得られる洞察ではない(別にビジネス書が悪いわけではない)。

ちなみに、最近たまたま土木関係の方とお会いすることがあって、唐突に僕が古代ローマ人について語りだして、インフラの意味をお伝えしたところいたく感激されて気に入られたようだった。

 

光あるところに必ず影はあるのだ

この一年、いいことばかりがあったわけではない。

・父親が亡くなった(享年77歳)

・子ども経由でコロナになった(後遺症とかはない)

・買ったばかりの車(中古)を思いっきり削って修理代が多額にかかった

・その時の代車が、繁華街5車線のど真ん中でバッテリー故障を起こし車が止まって大往生した

・修理から戻った車にしばらく乗らなかったらバッテリーがなくなっていて乗れなかった

・50万先払いしていた仕事相手に特に成果物なく逃げられた

・頼もしいメンバーのひとりがもうすぐ抜ける予定

目立ったところはこんなところかな。

もちろん人との出会いや、昨年から動き出したことが色々と花開くこともあったり、旧交を暖める機会が得られたり、移動が多くなったりとかいいこともたくさんあった。

「悲しみの果てに何があるなんて俺は知らない」(エレカシ

 

そしてこれからも

今の課題は明確で、ある程度これまで積み重ねてきたものも捨ててしまって、新しいことを積み重ねないといけない。具体的に言えば、売上の大きな所に目を向けるのではなく、小さくても良いから着実に会社の経済インフラにつながるものを大切にすることだと思っている。

その先に見える風景から何を考えるかは、その時考えれば良いのであって、とにかくこれからも

勉強する

人と会う

これは継続する。

来年の今頃は、また少し首が長くなった風景を見ていたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福岡で起業、7年目に入りました

2021年10月現在、コロナはまだ落ち着きません。

前回書いた記事から一年。

harryike.hatenablog.com

 

社会的な状況で大きく変わったところといえば

・ワクチンができて接種した人が増えたこと(10月11日時点で二回接種が63.5%)

・「抗体カクテル療法」など実効性の高い治療法が見つかったこと

・重症化を抑える特効薬「モルヌピラビル」に注目が集まっていること

・緊急事態宣言は2020年の1回に対して、2021年は既に3回(延長あり)

・緊急事態宣言中でも人出が多くなってきたこと

何となく光の筋が射しているのが見えてきたものの、抜本的な状況の打破には至っていないのが実情です。

福岡でも9月に一日あたり1000人を超えるPCR陽性者が出るようになり、親しくしている社長含め数人が感染しました。

30代にもかかわらず、肺機能が非常に低下して、数週間経った今でも疲れやすいなどの症状があったり、一時期は味覚がなかったりと、日常生活に支障をきたすレベルで大変な思いをしたとのことでした。

忙しくてワクチンも打てていなかったのも災いで、とにかく、よくわからない言説に左右されてコロナをなめてかかったりしない方が良いようです。

 

業績は横ばいだが可能性は右上がりに

今でもスケジュールだけはアナログ手帳にしています。

10月のページを開くと、空いている日は週に1日程度で、他の日はだいたい何かの予定が書きこまれています。

3年前くらいは週に2~3個の予定が書きこまれていれば十分な感じだったのですが、今は1日に2~3個書き込まれている日も多く、大きく様変わりしました。

手帳もここ数年で少し大きめのサイズに変えたので、自分の仕事の状況が変わったのだなとしみじみと思います。

昨年、それまでの2倍以上の売上になり、コロナが続く中これからどうなるだろうとは思っていましたが、今年はほぼ同じで前年比4%増となりました。

これは非常にありがたいことで、しかも、売上構成は一社に依存することなく、30%未満が複数ある状態です。

起業後3年くらいで「脱・メイン取引先依存」を掲げて取り組んでいましたが、その状態がようやく実現できたと言えます。

取引先が複数に増えたことで経済基盤は安定し、収益も将来的に見込めている部分があるので計画を立てやすくなりました。

また、昨年からの取り組みが実を結び、少ないながらもまったく新規の取引先からの売上も得ることができました。

コロナになってから、それまで対面用で使う資料の作成を主にしていましたが、オンラインで使えるコンテンツの作成や開発に取り組み続けています。

新しいビジネスゲームの開発や、既存コンテンツのバージョンアップにも取り組んでおり、引き合いも少しずつ増えていることから、将来的な可能性は拡がっているように感じます。

 

新しいオリジナルゲームを作った

ものごころつく前からファミコンで遊んでいて、社会人になってからしばらく鳴りを潜めていたもののコロナをきっかけにSwitchとPS4を買い、遊んでみていました。スマホゲームもやっています。

昔「こち亀」を読んでいて登場した「ハイパー小学生社長」の「電極+(ぷらす)」が「ゲームはやらない。つくって売る方」みたいなことを言っていたのがとても印象に残っていて、でも、自分は作る方に回ることはないんだろうな、と思っていました。

ですが、コロナをきっかけにビジネストレーニングにゲームは有効で、しかもそれがオンラインであればなお良いという流れに乗り、やったこともないゲーム開発に取り組むことになりました。

ゲームを作ったことはありませんが、ゲームをやった経験は人一倍あったので、分析力がものを言って、全体のシステムをどうするのか、どの要素をどういう風に掛け合わせたらよいのか、また、そこにストーリー性を持たせてプレーヤーに少しでも良いので没入感を与えるにはどうしたら良いのか、などを考えて少しずつ形にしていきました。

プログラミングをする余裕はないので、ブラウザベースで出来るゲームをフリーのプラットフォームを活用して形にしました。

 

「なんかおもしろそう」で増える仲間

「ゲームを作ってるんだけど手伝ってくれない?」というと、ゲーム世代の人はなぜかおもしろがって進んで協力してくれて、特に報酬もないのに一緒に考えてくれたことは良い機会になりました。

最初は2人から始まり、3人、4人、5人、6人というふうにドラクエっぽくなっていき、最終的には大学の講義でゲームを取り上げてもらって、30人くらいの学生に経験してもらいました。

もともと、大学の講義で使ってはどうか、というゴール設定から始まった話なので、半年間でここまで達成できたのは非常に大きな前進だったと思います。

 

仲間への投資と活躍

仲間が欲しいと言い続けて5年、少し前からすでに部分的に協力してもらってはいましたが、今年の初めくらいから在宅ワーク常任で協力してくれる人を3人くらいに増やしました。

自分が苦手とする業務をお願いできることになって、こちらのストレスがとても減ったのと、時間の使い方に余裕が出てきたのはまちがいありません。

在宅なのでマイペースで仕事をしてもらえるし、制約が多い分、ムリなときは事前調整がスムーズなので非常にやってよかったと思っています。

ちなみに僕は以前から「ベーシックインカム」に強い興味・関心を持っていて、それは幼なじみがニートだからということもあるのですが、在宅の一人はその友達にお願いして月々一定額を支払ってみる、ということをやっています。

普通であれば、成果とか労働時間への対価を支払うのが当たり前ですが、とりあえず払うから何かやってくれ、の感じで、売上になるとは限らない仕事をつくってはやってもらい、の繰り返し。

特にうつ病とかではないので普通に仕事はしてくれるし、この前も「携帯買いたいから会社からの収入を書いてよいか」とか「奨学金返せた」とか前向きなことを言っているので、仕事をしてもらっている以上純粋な意味でのベーシックインカムではないかもしれないですが、多額ではなくても毎月の定額収入が、生活や精神の安定につながることを実感しており、ベーシックインカムのプチ実験はできたと思っています。

 

拡がる仲間の輪

事業を進めていると、今の自分が持っているリソースだけではできないことが出てきます。特に、プログラミングやデザインなどの技術的な部分、商品の認知度を高めて売上につなげる営業展開などは、僕にはできないので積極的にお願いするようにしています。

それに加えて、この秋から「中小零細企業のDXを推進するギルド」を作って、ゆるやかなネットワークを立ち上げました。まだ組織らしからぬ組織で、お互いに学習を進めている段階ですが、来年の今頃は一定の成果を見ているのではと思っています。

 

健康の重要性と労働集約型ビジネスモデル依存からの脱却

これまで、かなり前向きなことやうまく行っているような雰囲気のことをたくさん書いてきましたが、必ずしもそうではありません。

今の取り組みが売上に絶対につながるとは限りませんし、外部の仲間にお願いする代わりに費用は増えて、自分の給料は上げられない状態にもなっています。

また、7月に急病になり緊急入院して仕事に穴をあけてしまい、自分が動くことでお金を得られるビジネスモデルの限界とリスクも実感しました。

仲間とのネットワークがある以上、それを価値にして含んだ収益の請求ができれば良いのですが、その道筋をつけることが一つの課題。

そして、健康リスクは常につきまとうので、自分の健康維持向上に努めることはもちろんのこと、自分が動かなくても収益が安定的に立つような仕組みを構築することが次の課題。

 

これからも

以上の2つの課題を解決するために、

勉強する

人と会う(コロナ真っ盛りのときよりも少しハードル下がってきた)

これは継続する。

また一年後は良い内容を書いている自分でいたい

 

 

 

 

 

福岡で起業、6年目に入りました

2015年10月に会社を作ってから5年が経ち、6年目に入りました。

「よっしゃ乗って来たこれからやー!」

 

まさにそんなときにコ〇ナが来ました。
(もう見飽きてると思うので伏字にしておきます)

ご愁傷様Ω\ζ°)チーン

 

harryike.hatenablog.com

 

サバイバルゲーム

ベンチャーの起業生存率は

5年後 15.0%

10年後 6.3%

20年後 0.3%

だそうです。

business.nikkei.com

 

とりあえず15%の生存率をクリア。

 

起業して5,6年経つとそれなりに自分の真の強みとかもだんだんわかってきて、至らなさもわかってきて、必ずしもうまく行くわけではないけど成功パターンが見える場合と、そうでない場合とかもわかってくる。

 

起業を目指している数人に対して、自分の経験をもとに個人的にアドバイスしていくと、「あ、それ○○さんも言ってた」と教えられて、他の経営者が同じことを経験しているのに気づく。

 

起業の初期段階である程度の成果を出すには、やはり同じ道をたどる必要がある。特に、労働集約型のビジネスモデルでは。これが多少の技術力があって、世の中に広く商品やサービスを普及させようとすると話がちがう。それはそのやり方がまたある。

 

いずれにせよ、起業後のサバイバルゲームはとてもシビアで、準備もなしに安易にやってはいけないし、やるべきではない。そのことは僕が一番身に染みてわかっている。

 

次のステージへ

最近思う。

なんか俺、こなれてきたな。

つまり、今のまま続けていったら間違いなく取り返しのつかない失敗をするのが感覚としてわかる。

数年前の、毎日びくびくしていた感じが今はかなり減った。

というか、そのびくびくを無くすためにもがき続けてきた結果の今があるので、その意味では良かったのだと思う。

でも、あの当時のがむしゃら感とか先が見えない中で試行錯誤を続けてきた苦しみを考えると、今の自分に前進と繁栄は待っていない。

じゃあ、その状態でなんとなくやっていきたいか?

否。断じて否!

次のステージに足を踏み入れる必要があるし、ここ数カ月の動きはその始まりだと思う。

 

がっくり来たのよ、ほんと

コ〇ナで色々な流れが止まったり鈍ったりする中で、自分が思い描いていた先の展開が大きく閉ざされたのは事実だ。

実は、コ〇ナがありながらも昨年一年間の第5期は、それまでの活動が実を結んで花開き、横ばいだった第3~4期の2倍以上の業績をたたき出した。

もちろん色々な方の支えがあってのおかげなのだが、自分ひとり体制でそこまでやれたのは感慨深いものがあったし、数年前の自分がそこまでできるとは思ってもいなかった。

ただ、実感として「今の自分ではこれが限界なんじゃないか」―そんな踊り場に乗った感覚もあった。これ以上やると、どこかで今の生活スタイルに無理を生じさせる、そんな気がしていた。

でも、行くとこまで行ってみようと思っていた矢先、コ〇ナはやってきた。

かつてない業績をたたき出した勢いと、見えていた先行きはすべて失われた。

僕は少なからずショックを受けていたらしく、緊急事態宣言が出て以降は、しばらく鳴りを潜めて何も考えないことにした。普通ならコ〇ナ後のビジネスのあり方を考えるとか、生産的な時間に充てるべきだったのだろうが、これまでの成功体験を捨てる意味で、リハビリが必要だった。個人的な「禊(みそぎ)」の時間だったのだろう。

仲間との協働が道を開く

毎年「仲間がほしい」と書き続けて5年。

相変わらず雇用という形での正式加入はまだないが、仲間と呼べる人たちとの協働体制はかなり構築されてきた。

新たな展開はそのような中から生まれた。僕ひとりで考えていても、決して生まれなかった流れだ。

簡単に言うと、コ〇ナになって企業は対面形式での集合研修が難しくなったので、じゃあ、オンラインでできるビジネスゲームを一緒に開発しようという話になって、実際に開発したのだ。

元々は、そのゲームを100円ショップの物とかを駆使して作成し、アナログで行っていたものを、オンライン化しただけの話。

ただ、ニーズとしてはそう多くないだろうと見ていたし、ほんとに誰か必要とするのかな、くらいに考えていた。でも、元々好きなゲームだし、少しでも広がるといいなと思って挑戦した。

進めると案外さくさく進み、1週間くらいで完成。2020年8月に会社のサイトにリリースした。ま、誰も見ないだろうな、とは思いつつ、一応。

 

そして1ヵ月後、1通の問い合わせが来る。

「オンライン研修で検討したい」とのこと。

え? まじで?

みたいな感じで対応したが、その話は流れてしまった。まぁまぐれだろう。

 

しかし、2ヵ月後、2通目の問い合わせ。

その1週間後、3通目の問い合わせ。

今度はオンラインで説明したら、どちらも反応が良くて前向きに検討してくれるとのこと。

 

これはどうやら偶然ではないらしい。

しかも、内容がかなりニッチなだけに、問い合わせをしてくるお客さんの質が、普通に営業していては絶対につながらないようなところばかりで、零細の僕からするとびびってしまう。

 

これまで積み重ねてきた成功パターンは、僕という個人をベースにした信頼関係のもとに紹介をつなげる黄金律だったが、今回の動きは質も量もまったく違う。

特定のニーズを満たすコンテンツについて情報発信することで、それを求める人が自らオンラインでつながってくる、まさにネット時代の成功パターン。しかも、コ〇ナ時代だからこその流れでもある。

「それ、当たり前でしょ?」と思われるかもしれないが、自分で実際にやってみて体験するのと、言うだけでは話が違う。しかも、狙ってやったわけではなく、一応発信しとこうかなくらいの気持ちで思い立ってやったので、驚きもその分大きい。

 

コ〇ナ前までの流れと成功体験を捨てる必要があった僕にとって、今回の流れはとても新鮮で、協力してくれた仲間にはとても感謝している。

もちろん、すべてをこの動きに変えるわけではないが、1本でもヒットを打てるように、まずは打席に立つ回数を増やしていきたい。

そしたら仲間の正式加入もそう遠くはない。

 

変わらないことと、少し変わったこと

勉強する

人と会う(んだけど、以前より難しくなってきたから、そのための努力をする)

 

コ〇ナ時代に少し寄せた自分と会社、また1年がんばる。

はてなブログでソースコードの背景色変更&コードハイライトやってみた

こういうのやってみたかったんです。
<?php
	$title = "「phpを学ぶ」";
	echo "この文章のタイトルは".$title."<br>" ; 
	echo ("phpの勉強は").("楽しい(白目)");
?>

 
 

ところが最初うまく行かなくて

はてな記法」に編集方法を変えてこう(>|言語名|(内容)||<)書くといいよ…
とのことだったのですが、書いてみると白背景になんとなく、な感じで、あれ?と思いまして。

最終的に、色々調べた上で↑↑のようにできました。
 
 

お世話になったサイト

こちらの3つです。

kurokinomizuiwa.hatenablog.com

www.dreamark.tokyo

hakonebox.hatenablog.com


本当にありがとうございました。

やったこと

 
デザイン設定へ

f:id:Harryike:20200320234039p:plain
 
 
パナマーク>フッタに下記コードを追加

<script>
	var codeBlocks = document.getElementsByClassName('code');
	[].forEach.call(codeBlocks, function(e) {
	  if (!/lang/.test(e.className)) {
	      return;
	  }
	  var lines = e.innerHTML.split(/\n/);
	  var codeBlock = "";
	  lines.forEach(function(line){
	    if(line != ""){
	      codeBlock += '<div class="code-line">' + line + '</div>'      
	    }
	  })
	  e.innerHTML = codeBlock;
	});
</script>

 
 
デザインCSSに下記コードを追加

/*code-lineクラスの数でカウント*/
.code-line {
  counter-increment: linenumber;
}

/*行番号を擬似要素として表示*/
.code-line::before {
  content: counter(linenumber);
  display:inline-block;
  color: #ccc;
  text-align: right;
  width: 35px;
  padding: 0 15px 0 0;
}

/*コードブロックに言語名を表示*/
pre.code:before {
    content: attr(data-lang);
    display: inline-block;
    background: black;
    color: #fff;
    padding: 3px;
    position: absolute;
    margin-left: -10px;
    margin-top: -30px;
}
pre.code {
    padding-top: 30px !important;
}

.entry-content pre.code {
    background-color: #2E2E2E;
    color: #ffffff;
}
.synComment { color: #6272a4; }
.synConstant { color: #ffff14; }
.synIdentifier { color: #58ACFA; }
.synPreProc { color: #a199c8; }
.synSpecial { color: #c000c0; }
.synStatement { color: #50fa7b; }
.synType { color: #ff1493; }

 
 
ちなみに「言語名」は小文字で書かないと反映されません。

以上です。

福岡で起業、5年目に入りました

ご無沙汰してます、ハリーです。

インフルエンザのアーリアダプターになってしまい、最近39度超の熱でひとり苦しんでいました。


さて、今年もこの季節がやって参りまして、会社をつくってから4年が経ちましたので勝手に振り返ります。口調も変わります。

【過去記事】
harryike.hatenablog.com

harryike.hatenablog.com

harryike.hatenablog.com

あっという間だった

年齢を重ねると時が経つのが速くなるという。この一年を振り返るとがむしゃらに仕事をした気がするし、娘が産まれた現実に自分を追い付かせることが全てだったと思う。娘は日々進化しているので、自分をアップデートすることはしばらく現在進行形だろう。

昨年は三年間大口だった顧客の契約がなくなった状態からスタートし、先行きは不透明だったが、結果として前期でV字回復したままの業績が今期も横ばいで終わった。収益の構成が大きく変化しながらも数字を維持できたのは非常に大きかった。

それまでは不本意な仕事の割合が高かったが、自分と会社を繁栄させるための仕事や、取り組んでみたかった仕事が徐々に多くなっていった。

今、目の前に広がっている景色は昨年よりも前には当然見えていなかったもので、その調子で頑張ればここにたどり着けるのだと過去の自分に教えたいが、そんなことはかなわないし、同じようにこの先に何が待ち受けているかなんて、誰も教えてはくれない。自分の眼で確かめるしかないのだ。

「意志あるところに道あり」。

以前との違い

一昨年や昨年の同時期と決定的に異なることがひとつだけある。今期、つまり、この先の一年について一定程度の収益が見えていることだ。昨年までは大口だった顧客との契約がどうなるか毎年びくびくしていたし、自分の満たせるニーズなど何があるのか探り探りで進む以外なかった。

僕の人生では何度か「捨てる」ことが大きなテーマになってきたが、大口契約をある意味捨てる方向で動いていたことは正解だったのだ。周りからはおいしい話だったのにもったいなかったのでは、と言われたりもしたが、自分と会社の身を軽くする選択によって、その新たなスペースに入れられるものが現れるようになったのは偶然かもしれない。後になれば何とでも言えるものだし、都合の良いように解釈するように人間はできている。

いずれにしても、これまで勝ち得てきた実績の延長線上に自分と会社があるのは間違いないし、あの点がなければ、この線もなかったことに後で気付く。これからも謙虚と感謝を忘れずに生きていくだけだ。運は常に目の前にある。

誰と付き合うかは自分で選べる

社会に出るとそれまで自分が生きてきた世界がいかに狭かったかを思い知るが、サラリーマンを辞めるとさらに会社という世界の狭さを痛感する。

サラリーマンを辞めてから本当に色々な人と出会ってきたが、会社をやっていると自分がムカついた相手とは付き合わないという選択ができる。それが仮に顧客であっても、自分の好みにそぐわなければ関係をやめる権利がある。逆に、いくらこちらが関係を続けたいと思っていても、どうにもならないこともある。これは、将来一緒に仕事をする仲間が増えたときに大切にしないといけないことだと思う。本人が続けたくない関係と会社との関係を考量した際に、関係をやめるという選択肢も用意しておかなければならない。

仲間が増えるのはいつかな

ところで、サラリーマンをやっているときはあまり意識しなかったことだが、人を正規雇用するのに年間でいくら必要だろうか。

仮に年収額面が500万とする。
そこに、会社と個人が支払う社会保険料(健康保険と厚生年金、40歳以上は介護保険)を約30%見積もる必要がある。
つまり、500万×0.3=150万
これを個人と会社で折半するので75万ずつ

つまり、個人は500万-75万=425万がだいたいの手取りになる(所得税と市町村民税がさらにかかる)。これは給与明細にも書いてある。

ここで見落としがちなのは、会社が払う残りの75万。
さらに、交通費や活動諸経費を考えると年間で100万くらいは要る。
したがって、500万の年収で仲間に入ってもらうには少なくとも年間で
500万+175万=675万
ざっくり700万くらいは必要ってことだ。さらに会社を維持するための諸経費を考えるとあと数百万は要る。自分の給料を出そうとすればさらにさらに。

今、取り組みたいことはやれているものの、もちろん120%ではない。このまま自分の手掛ける仕事を拡充すれば、上↑↑で計算した金額も夢ではないのかもしれない(もちろんすぐには無理だが、そう思えるような所まで来れたのが奇跡みたいだ)。

要は自分の仕事の付加価値を高め、契約数を一定程度確保できれば良い。しかし、これはマンパワーに頼る労働集約型のビジネスモデルに過ぎない。

仲間が加わったときに相乗効果が現れるかもしれないし、あるいは、僕の仕事は属人的すぎるので再現性は低く、拡大再生産ができないのかもしれない。ほんと、他の色々な会社はよく人雇ってやってるなぁと感心する。

とにかく今のビジネスモデルにもやはり限界があり、何かしらの突破口を見つけなければ仲間を増やすだけの財政的基盤を構築するのは現状難しい。仮にたまたまその年にお金が確保できたとしても、その翌年はどうなのか? そんな不安定な状態で仲間を引き入れられるのか?

恐らく、ベンチャー企業やスタートアップの多くは初期の不安定な状態でも共に闘ってくれる仲間が複数いて、自分の将来や人生など顧みずに突き進めるだけの勢いとかエネルギーがあるのだろうと思う。それだけに、方向性がずれたときや対立が生じたときの不可逆性も大きいのかもしれない。

若さゆえを言い訳にするには少し年齢を重ねすぎたのだろうか。この辺の議論は数年前からぐだぐだと変わってないが、少しずつ進展しているような気もする。

同年代の経営者に刺激を受ける

共に闘ってくれる仲間はいなくても、一緒に考えてくれる仲間はいる。所詮、自分の頭だけで考えることなどたかが知れている。一緒に考えて、何の気なしの意見やアドバイスをもらえるだけで、それはとても有り難い。

今年の初め頃にひょんなことから高校時代の部活の後輩が起業して会社をやっていることを知り、コンタクトを取ったら全く雰囲気変わってないねということで懐かしくも、お互い独自の道を歩んでいることに驚きもした。

彼もほとんど同時期に起業していたが、一緒に闘う仲間がいて、紆余曲折ありながらも今は8名体制で頑張っている。彼と、彼のビジョンに共感して集まった人の出会いは僕にとっても大きく、心強い仲間を得た気持ちになった。

実際、この何をやっているか得体の知れない先輩のために何か色々と考えてくれていて、共働も生まれつつあるので今後の展開を楽しみにしたい。

副業万歳

フルタイムの仲間はまだ無理でも、部分的に共働してもらうことは可能だ。

優秀な能力を持ちながらもサラリーマンとして力を十二分に発揮できずくすぶっている人はいる。そのような方には会社という枠を超えてチャレンジしてもらうのが一番で、つい先日ようやく企画を実現までこじつけることができた。

お客さんに対して自分以外の人を前面に押し出すことが初めてだったので、僕にとってもチャレンジだった。

その方には会社に内緒で有休をわざわざ取って来てもらったので申し訳なかったが、これもまた何か歯車が動き出すきっかけのようなものになった気がする。

インターンのゆくえ

第一期生のゲイバー通いの女の子は卒業してある上場企業で働いているが、なんかチームがうまく行かないと相談してきてチームビルディングを学びたいと言ってて非常に頼もしい感じなので、色々アドバイスしといた。その後色々あってチームを引っ張る役目を与えられているらしい。たくましく成長してもらいたい。副業OKの会社なのでなんか巻き込むつもり。

第二期生5名は四年生になり、東京やら名古屋やら福岡やら、就職が決まっていて一人を除いていわゆるIT系。しかも二人は偶然同じ会社。

気付いたら最初の出会いからもう二年経過していて、最初は色々やらかして頼りなげなことも多々あったけど、いつの間にか普通に仕事がこなせるようになって、後輩も引っ張ってくれている。仕事は任せておいたら勝手に進めて忘れた頃に的確な報告が来るし、困ったらちゃんと相談してきて、そこそこのアドバイスを与えるとまた勝手に解決できる。5名ともそれぞれ個性の違いが顕れていて、もちろんまだまだこれからなんだろうけど強みを活かしてがんばってほしい。

昨年の11月に参加した第三期生は現在5名(2名が半年以内に離脱した)。一年次から参加している学生もいて、もしずっと続ければ都合3年半僕と付き合うことになるが、どうなるかとても楽しみだ。

三期生はこちらの事情で飲み会をするタイミングが遅くなったり、回数を設定できなかったりしていまいち距離感をつかめてない気がしていて、反省している。あと、先輩達が既に拓いた道を見ているのでインターンに臨む感覚もちょっと違うところもあるのかな、と思う節もある。

いずれにしても、与えられた仕事に一生懸命取り組んで、もちろん失敗はしながらもとにかく前に進もうとする姿勢には好感が持てる。どんどん失敗してほしいし、小さい成功体験を積み重ねながら彼・彼女たちがこの一年でさらにどう成長するのか見守りたい。

そしてもうすぐ第四期生の新加入時期。どんな出会いが待ってるんだろうか(というか、出会いがあるかもわからんけど)。

ちなみにこのインターンのウェブサイト制作実績は数えたら15件になっていた。今も増えつつあるが、大したもんだ。

国語力強化プログラム

ところでインターン生の一人がとある野望をもとに「小論文をまともに書けるようになりたい」と言ってきた。意志や希望を教えてもらうと何とかして応援しようというお節介の血が騒ぎ「毎週図書館に行って読んだ本の要約をブログに書け」という指令を出した。

良質なアウトプットをするには、まずはインプットの量を増やすしかない。量をこなす内に質は自ずとついてくる。多くの人がいきなり質を狙おうとするので途中でつまずくが、質を気にせずまずは量なら誰でも行ける。そして、継続することが何よりの力になる。

そんなインターン生が「早速行ってきました!」と連絡してきて、おお、と思って送られてきた写真がこちら。

f:id:Harryike:20191111221138j:plain
こ、こいつはヤバイ匂いがする…

詳細は割愛するが(するんかい)、その後も彼は読書をしばらく続けて数か月間ブログを書いていたが、後の方になるとかなり文章の内容に変化が現れてきて、やっぱりインプットとアウトプットの掛け合わせって大事だなと思った。

ちなみに、インターン生には「自分のために」日報代わりとしてブログを書きな、と何度も口を酸っぱくして言ってきたが、最近はあえて言ってない。先日も本当は書くべきタイミングがあったが、僕が何も言わなくても書いたのは10名中2名だった。その2名は既に反射的にか、意識的にかわからないけど手が動くが、8名は僕が言わないと動かない。それぐらい、自律的に継続するというのは難しいことなのだと思う。

よく経営者や上司をしている人から「(社員や部下が)やらないんですよねー」という愚痴を聞かされる。比較的時間のある大学生でさえ、自分のためでもやらない割合が8割。給料もらっている社会人でさえやるべきことをやらないとなると、それはもうそもそも人間ってそういうもんだと思わざるを得ない。だから、本当にやってほしかったら言い続けるしかない。言い続ける自分のことは段々嫌になるが、それでも必要だと思うならば言い続けなければならないのだ。そして、「あの人いっつも〇〇のこと言ってる」「〇〇のことしか言わない」と言われるくらいにならないと、徹底したマネジメントは難しいと思う。

僕の場合、インターン生がブログを書こうが書くまいが、はっきり言って僕には何の関係もない(もちろん、書いてくれたら楽しみに読む)。彼らのためを思って最初からしばらくは言うようにしているしルールとして課しているが、もう大人なんだし、自分でそういうことに気付ける人なのかどうか、冷静に判断している。だからいつまでも言いつづけることはしないし、自分にとって無意味だと本人が認識しているなら、強制して書かせても仕方ない。そんなところのマネジメントで消耗することこそ無意味だ。地味な蓄積ができないと長い目で見たときに厳しい部分も出て来ると思うが、それはそれ。気付いた時に修正できればいいと思う。

ただし、決められたルールをどうすれば自律的に守れるのか、そこはまだ研究の余地がある。また、パフォーマンスに影響する部分については今後も言い続ける。個人の課題と、会社の課題は別だ。

事前開示 > 事後指導

毎年インターンメンバーの育成やマネジメントについては、確たるものがあるわけではなく、試行錯誤を続けている。

「セルフマネジメントの原則」を追求しながらも、最近思っていることは仕事を進める上で自分が何を気にしているか、大枠の行動指針を先に示す方が良いだろうということだ。

僕が本業でやっている仕事は、その日その瞬間に来た案件に対応する短期的なものではなく、目標設定をし、納期を定め、プロセスを組み、創造性も働かせながらお客さんとの共働をしつつ、軌道修正も交えながらトライ&エラーで進む長期的なものだ。

これはとても当たり前だったが、よく考えてみると大学生がやっているアルバイトの仕事内容はほとんどがその場、その日に終わる超短期の仕事が多い。飲食や塾講師、小売の仕事など代表例を見て、はたと思い当たった。

そもそものスタンスの違いと仕事の性質の違いを踏まえた上で、長期的な仕事に取り組むための心構え(マインド)と仕事の進め方について、具体的なパターンを示しながら先に教えておくほうが良いと思い始めた。

前まではあえて落とし穴にはまったり、失敗することで学習も大きくなると考えていた節があったが、最近、自分の価値観や仕事の定石について明確にアウトプットできるようになってきたので、今度からは事前開示>事後指導で臨んでみようと思う。

インターングループが増えた

今年の5月に既存グループとは別の大学で、インターングループを新しく作ることになった。
こちらは仕事というよりは、大学(特定学科)の広報を真剣にやってみようということで、
ややサークルにも近い。サークルを仕事ライクに進めるとどうなるか、楽しんでやっている。

しかし、大学が異なるとやはり学生の雰囲気も異なるもので、面白いものだ。

組織のあり方について考えた

最近、会社の社名を変更した。実はそれまでの社名があんまりしっくり来てなくて、四年間ずっと悩んでいて、ようやく五年目の節目で変えるに至り、すっきりして気分も変わった。

それに先立ち、一体自分は組織としてのあり方について何を理想としているのか、明確にしてまとめることにした。お客さんに組織ビジョンと組織戦略策定を定めた方がいいですよとアドバイスして手伝う機会があり、ふと、あ、これって自分もやった方がいいなと思い、作ることにしたのだ。

それがまとまれば新しい社名も決まるかもしれないと思い、着手した。そしたら意外と面白くなって、今まで頭の中だけで考えてきたことを、望ましい組織形態や行動原則、目指すべきビジネスモデル、働き方などのカタチにして再構成しながら一気に書き出していった。

数ヵ月をかけて作成したが、ひとつの完成形として今後の展開を考える上で、考える軸になるし、原点回帰することで意思決定がブレにくくなった。思った以上の効果が得られたので、今後も洗練して周りの人に共有したいし、組織のあり方を明確にする支援を仕事にしていきたい。

この一年で変わったその他のこと

これ以上は長くなる(もう十分長い)ので、簡単に列記。

・子育てが始まった
・寝不足になった
・体調を崩しやすくなったのでこれからの一年は肉体改造に取り組む
・遂に酒量を減らすことにした
・美術館に月一で通うようになった
(VTSを知ったのでやってみようと思い、知人を誘って始めたらかなり面白かったので継続。博物館とかでもできる。思いもよらない他者の視点を学べるのは大きい)
・政治を理解し始めた(友人が選挙に出て議員になったのがきっかけ)
・キャッシュレスを始めた(インターンメンバーには交通費をLINEpayで払うとか)
・AIの勉強して資格を取った
・お世話になっている方が設立した法人の理事になった
・自分が作った社団法人は全く活動せず税金だけ払ったが、お世話になっている方に理事になってもらったのでこの一年で活動をしたい
・哲学を本格的に勉強し始めた(ソクラテスから)

変わらないこと

勉強する
人と会う

これは変わらず続ける。


以上、長々とお読みいただきありがとうございました。