福岡で起業、10周年
2015年に会社を作ってから10年が経過し、11年目に入りました。
https://harryike.hatenablog.com/entry/2024/11/21/21452
昨年からメンバーの正規雇用も始まり、こちらも一周以上して色々と学ぶことが多かった。
今回はその辺りを描こうと思う。
できることは増えるが、やることも増える
人数が増えて実感するのは「個人プレーではなし得ないことができる」、これに尽きる。
僕が他のことをしていても、休んでも、メンバーは何かしらの仕事をしてくれる。また、逆も真なり。
会社としてできることに厚みが増すのは、組織として仕事をすることの大きな醍醐味だろう。
一方で、メンバーは土日祝休みでも、必要に応じて僕は仕事をしなければならない。ただ、それは個人プレーのときからそうだった。
しかし、その仕事は正規雇用を始めたがゆえに発生することも多い。構造としては次のようなものだろう。
平日:通常の仕事に加えて、マネジメント(ほんとにしょうもないことの対応も含む)、コミュニケーション、事務対応の時間が増える。
週末:平日で収まりきらない仕事がところてん方式に週末へと押し出される。
ただ、毎週のように土日に仕事をしていることはない。感覚的にはそう思いたかったが、記録を見るとここ3ヵ月くらいで仕事を1秒もしなかった日は、9日間だけだった。1〜2時間程度の仕事で終わる日は多かったが。
これは雇用の影響だけではない。単純に仕事も増えたし、土日に対応せざるを得ない性質の仕事が増えたことも大きい。そして、自分でやるべき仕事も新しく作っているからだ。
それでも、僕の月労働時間は多いときで230時間、少ないときで170時間くらいに収まっている。恐らくその辺のサラリーマンの方たちのほうがよほど働いてる気がする。
一人雇うのも、複数雇うのもやることは同じ
正規雇用は一人でもすると、膨大な量の事務、書類仕事が発生する。わかってはいたが、実際にこなしてみると結構つらい。そして、そのほとんどが社会保険や税金のため。もちろん、本人のためにもなるけども。
並べるとこんな感じか:
- 給与の決定と算出
- 所得税算出
- 所得税納付
- 社会保険料算出
- 雇用保険算出
- 社会保険加入
- 雇用保険加入
- 勤怠システム開発
- 勤怠集計
- 打刻修正対応
- 給与計算
- 毎月給与支払
- 給与明細作成、送付
- 賞与明細作成、送付
- 賞与支払届
- 社会保険料納付
- 雇用保険の申告と納付
- 算定基礎届
- 賞与計算
- 賞与明細作成、送付
- 賞与支払
- 賞与支払届
- 健康保険証の送付
- 健康診断案内
- 評価実施
- 昇給に伴う給与計算
- 昇給に伴う社会保険料算出
- 昇給に伴う雇用保険料算出
- 市町村民税納付手続き
- 市町村民税計算(2年目から発生)
- 市町村民税納付
- 年末調整
- 源泉徴収票の作成と送付
- その他都度発生するものの対応
書き出しただけでちょっとげんなりしてきた。多くの会社が、税理士や社労士にこの辺のことを頼んでる理由もよくわかる。正規雇用に限らず、パートでも社保加入者であれば一名でも増えればこの事務が発生するわけなので。
ちなみに僕の会社では法人税と消費税の申告以外のすべてを自社で(というか僕が)行っているので、自分が何をやっているかがわかっている。
先に書いたようにこの業務のほぼすべてが税金と社会保険のためだから、天網恢々疎にして漏らさず、のようにできている。もちろん税の再分配や保険の性質上、受益者のためもあるが、いずれにしても会社は相当な時間とコストをかけて、税金と社会保険料の対応をしていることになる。
そうは言っても、雇用こそ社会貢献だろ
大昔から古今東西に限らず、安定雇用は社会基盤構築において不可欠。
ピラミッドも、大仏も、神殿も、壁も、為政者はでかいもの作りたがるが、手っ取り早く雇用安定させ、人心を落ち着かせて社会治安の維持を図れる。雇用こそ社会貢献なのだ。
安定雇用によって、家族を養える、推しに献金する、趣味に金を費やす、自活できる、など。安定雇用が失われると、個人不安から社会不安も増すのは当然。金は天下の回りものという言葉は、雇用を通じてより実感できる。
わずかとはいえ、雇用が社会/個人のために役立っているならば、と思えば多少の事務などは笑い飛ばすしかない。
教育にも金と時間はかかる
昨年の記事にも書いたが、新入社員研修をはじめ、毎月労働時間の10%程度を目安として、学習や教育の時間に充ててきた。
仮に年間人件費が500万とすると、50万を教育費用に充てていることになる。
経済合理的に考えてこれはまともなのだろうか。あるいは、経営学的に見て適当なのだろうか。
答えはどちらも正しくあり得るし、正しくもないと言ったことか。およそ社会道徳的な観点と、会社と個人のためになる直感に従っている。それか、歴史的に見て、かな。
基本的に学習は社内活動であり、外部へのコストが発生していないだけまだマシなのかもしれない。逆に、そのための時間もコストもまた発生するが。
では、1年半の教育を経て、うちのメンバーは何かしら変わったんだろうか。
はっきり言えば「証明不可」。それをやってこなかったメンバーの姿は見れないし、本人たちに聞いても何がどこでどう効果があったとかは、明示できない。
もちろん、この教育活動って意味あるんかね?という問いは折を見てしてるが、教育効果を線形で考えるのは間違っていると度々思う。
あと、本人は気づいてないことも多く、観察によってのみ実感できることもある。この点で言えば、確実に「ある」と言える。本人が気づくには、徹底的に振り返るしかないだろうし、その機会も定期的には設けている。
その意味で、やはり教育は非常に重要であり、継続しなければならないと、1年を経ても結論は変わらない。
悪いのは採用か、教育か、評価制度か、職場環境か
雇用の最終決定は会社側にある。その点で、会社にその人を採用した最終責任があるのは間違いがない。
しかし、その意思決定が正しかったかどうかを、どう測るのか。虚偽や偽証を除けば、採用の判断材料は会社側が努力して得るしかないし、雇用される側は情報を出し尽くしてると思うだろう。もちろん、虚偽に当たらない程度で都合の悪い情報は出さないにせよ。それは会社側も同じである。
採用した人が思うようにパフォーマンスを発揮できなかった時、多くの場合「個人責任」に帰せられると思う。その職場で上手くやれている人ほどそう思うだろう。なぜなら、自分はやれているのだから。
だが、その人の経験や知識、特性などがたまたまはまっただけで、しかも、それは人間関係とか物理環境とかも相まって上手く行ってるだけなのかもしれない。
または、パフォーマンスを発揮できないのは、会社が発揮できる環境を用意していないからかもしれない。それか、そもそも採用を誤っていたか。
マッチング=個人特性×経験×知識技能×教育×評価×職場環境
採用と個人、環境、パフォーマンスの程度を分解するとこんな式になるだろう。
採用では個人特性と自社環境とのマッチ度をどの程度見極められていたか、あるいは、マッチ度はそこそこだったが環境でいかに引き上げられたか。
しかし、長年勤めていると会社の変化や時代の変化によって、前は良かったけど今は、という話も出て来る。サラリーマンの悲哀だけであればまだ対応もできそうだが、創業者や経営者の時代適合性が下がると悲惨でしかない。
経営者は常に学び、進化し続けなければならないのだ。
会社のこれからと自分のこれから
僕な早い段階でたどり着くところまで来てしまい、目標ロスの状態を一年間過ごしてきた。思ったのは、目標がなくても生きてはいけるし、仕事もできるってこと。そしてまた、その時の何かが拓けることもある。
前々からモチベーションの存在については疑っていたが、自分の場合はやはりモチベーション先行型ではないんだな、とよく分かった。動き出しは惰性でいい。
10年を経て、会社は新たな機会に恵まれる環境に置かれていることも実感している。それに対応できるだけの柔軟性と能力も兼ね備えておかなければならない。
明確にこれだけと決めるのは、会社にとってもメンバーにとっても今は良くないのかもしれない。それなりの大きな企業であれば方向性がないと難しいとかはあるんだろうけど。
そうなると、小ささを生かした立ち回りがしばらくは良いんだろう。メンバーの動きも伴ってくるだろうし。新しいメンバーもそのうち迎え入れたい気持ちもあるし、拠点を増やすと事業の幅も拡がって面白いだろうなとも考えてる。
会社は行けるところまで行くぞ、でいいけど、僕個人は、相変わらず目標は無いまま
人と会う
勉強する
これを続けるのみ。
福岡で起業、10年目に入りました
誰も「義務教育を受けなかった自分」を証明できない
2400年くらい前、アリストテレスは書いた。
「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」-『形而上学』冒頭部分
アリストテレスは想像しなかったのだろうか。いつか、どこかの時から、人は知ることを欲しなくなることを。
それとも、学び続けようとする人の本性を信じ続けたのだろうか。
起業してもうすぐ10年、人の育成にかかわり始めてから、そんな疑問を持つなんて僕は思いもよらなかった。
教育は金がかかる
僕が起業したときに小学校に入学した子は、9年間の義務教育を終えている。
この間、一人あたりにかけられた税金は約800万円。
高校に行けば、さらに1年あたり100万円。3年間で300万。
学費を考えると公立だと3年間で30~40万。税金のありがたみがすごい。
高校までの12年間で1200万円弱の税金が投入されている。
もし大学に行ったらどうなるだろう。
試算では、国公立では学生ひとりあたりの税金は、年間218万円。プラス授業料。
4年間で税金は1000万くらい。
私学では17万円らしく、4年間で70万円程度。学費はその分多くかかる。
小学校から大学卒業までの16年間で2200万+α、1年あたり150万円と考えると、ものすごい教育投資がなされていると実感する。
では、企業に入ったら、一人あたり年間どれくらいのお金をかけているのか?
また、どれくらいの時間をかけているのか?
仕事を通じて化す成れの果ての姿
中小企業を見回したとき
「学習や教育にお金をかける」
「学習時間に給料を払う」
ここに価値を見出している所はほとんどない。
会社が小規模であるほど、そうなる。
つまり、会社に入った後の能力向上や開花は、仕事を通じて「自然発生的に」起きることが、暗黙のうちに期待されている。
職人仕事を考えればわかりやすい。机に座って勉強するよりも、さっさと仕事を見て、まねて、怒られて、繰り返す方がよい。暗黙知を積み重ねて、いつしか職人として認められる。出藍の誉れになればなお幸い。
しかし、世の中の仕事すべてが職人技ではない。数年、もしかすると、数ヵ月で期待水準を超えられるような仕事もある。特に、頭を使うことをあまり求められない仕事が当てはまる。
組織構造が頭を使わせないこともある。本当は自分の頭で考えて、判断して、行動することもできるのに、「なんでも司令塔」が上司にいる場合。すべての情報を自分の所に集め、ありとあらゆることに自分が指示を出さないと気が済まない存在がいると、人は「知ることを欲する」ことをいつしかやめてしまう。
そのような職場で唯一学べることは、「とにかく指示を仰ぐ」「前例の指示を思い出せ」となるだろう。
最近よく行きあたるのは、知的な仕事であっても「何を」ばかりが教えられ、「なぜ」が教えられないために、人が作業マシンと化すパターン。10年もすれば、決まったパターンの範囲内で、効率的に、自律的に再現性を発揮する優秀な働き手となる。しかし、抽象的な思考や背景へのまなざしはない。
年齢と勤続年数を積み重ね、そのうち上の世代がいなくなって、組織の中心を担う立ち位置を求められたときには「時すでに遅し」も多い。
抽象的思考は加齢とともに難しくなるかもしれないし、概念的に物事を考えるにはそれなりの思考技能が求められるかもしれない。
それにしても思うのだ。
「生まれつき知ることを欲する」はずで、何千万円も教育費をかけて、そして、15年以上かけて育てられた人の成れの果てがそうなのか、と。
育てるべきか、知らぬふりをするべきか、それが問題だ
ではどうすればいいのか?
結論、仕事人には仕事人の義務教育が必要。これに尽きる。
年に数時間でもいい、月に30分でもいい。
企業が教育にお金と時間を「継続的に」かけ、知らないふりをして後の祭りになることを防ぐしかないだろう。
やらないよりは、積み重ねがあるだけはるかにマシなのだ。
結果的に就業時間の10%以上を教育に充てることになったうちの会社
今年の4月から正社員が増え、教育について強烈な危機感を抱いていた僕は、早速自分の足元を固めることにした。ひとりが新卒で、もうひとりは未経験。残るひとりはニート歴長め。
意識的に「なぜ」と「なに」を必ずセットにして、定期的に、繰り返し、実践的に行うこともあれば、抽象的な理解にとどめることもある。
この半年間で、結果的にうちの会社では就業時間の12%を平均で教育に充てていることがわかった。その分人件費もかけていることになる。
そんなことをして、本当に効果はあるのか?
正直に言えば「わからん」が本音。
しかし、自分のことを振り返った時に
「もし僕が義務教育を受けていなかったら?」
と、問いがふと思い浮かんだ。
その答えは「証明不可能」。
今の自分があるのは、様々な環境要因や遺伝要因はあるものの、教育の観点において義務教育が影響していたことは間違いがない。
義務教育がなければ高校もなく、大学もなく、今の道もなかった。
ここから類推すれば、会社に入った後も義務教育を行うことで、それがあったからこそたどり着ける場所がみんなにあるはず、と考えられる。
そして、早い段階で「多様な学びを得ることが当たり前」のマインドセットに成功すれば、高い確率で学び続けるはずとも考えている。
自ら学ぶ人はどれくらいいるのか?
でも、学ぶことを与えられるのが当たり前になって、自分で学ばなくなるのではないか?
そんな疑問も湧いてくる。
では
義務教育がなくても自分で学ぶ人
義務教育があったから自分で学ぶようになった人
義務教育があってもなくても自分では学ばない人
それぞれの割合はどれくらいだろうか。
下に行くほど多くなるはず。
これは
会社に入って、勝手に学ぶ人
会社に入って、機会があったから学ぶ人
会社に入って、学ぶのをやめた人
会社に入る前から自分で学んでなかった人
に分かれるだろう。
ならば、機会をつくって少しでも確率を高めた方が良い。
中小企業の悲しいのは、機会があってもそれを得る人の絶対数が少ないがために、効果を目の当たりにできないかもしれないところだ。大企業はその点、数で優る。
したがって、少しでも確率を高めるには「自分で学びそうな人」を採用する、が次の策になる。
これを書くのはまたの機会に譲る。
目標が無くなってフツーの人になる
40年くらい生きてきて、幼少期を除いて何かの目標をずっと持ち続けてきた。
ゲームをクリアする
何かの勉強をして能力を身につける
試験を受けて学校に入る
仕事であることを成し遂げる
会社をつくる
会社を軌道に乗せる
人を雇用して組織をつくる
結婚する、子どもをもつとか。
それなりに大きな目標に挑んできてそれが実現され、安定して今の状態を維持できることがわかった矢先、僕は目標を見失ったことに気付いた。
少し前から、日々を淡々と回す中で、何だかロボットになったみたいだと感じていて、何となく毎日が過ぎていくのを目の当たりにして、僕は多分ようやくフツーになれたんだと思った。これまで、思い返さなくても大変だった。
ささいな目標はもちろんあっても、達成しなくても他愛のないようなもの。
ここからどうするんだろう、このまま老いていくんだろうか、とか時々考えては消えてゆく。
初めての目標ロスで抜け殻になったような自分の脳裏によぎるのは、「質的繁栄」か「海外」の2つ。
もちろんやり残していることはたくさんある。
ただ、そこに気持ちが向かない。
一年後はどうだろう。
考えたくもない。
それでも続けるのは
勉強する
人と会う
その先に何があるかなんて誰もわからない。
だからこそ人生おもしろいのかもしれない。
福岡で起業、9年目に入りました
つまるところ「国語力」
2015年に起業したころ、何もかもが見えていなかった。
会社の未来像も、経済的基盤も、協力してくれる心強い仲間も、自分を必要としてくれるお客さんの姿も。
ただ自由自在であることを誇りに、こんな自分でも面倒を見てくれるお世話になっていた方々に寄りかかりつつ、アルバイトのような契約仕事をこなしていた。
心の底ではいつもおびえていたように思う。
8年が経った今、眼前に広がる風景はとても想像できるものではなかったけれど、確かにいつかの僕が夢に望んだもののひとつだったかもしれない。
しかし、まだやれることはあるのだ。というか、成すべきことは多い。
そのひとつが、中小企業ではたらく人たちの「国語力」を磨くこと。これに尽きる。
細かいことは置いといて、AI時代の今こそ、これが貫くテーマのひとつになると思っている。痛切に感じる機会が多い。企業組織で起きている諸問題は、ほぼここに帰趨するのではないとも思う。
コミュ力が大事って言うけれど、その背骨は国語力だなと。今まで意識してなかったのは当たり前だと思っていたからだろうか。
とりあえず今ここって感じで次の話題。
仲間が減って、たくさん増えた
2022年は、自分を入れて常勤メンバー3名、スポットメンバー2名のゆるやかなチーム体制だった。プロジェクトも2〜3。
今年の春に、超強力な常勤メンバーが資格取得のため一時離脱し、片翼をもがれた思い続いている。
一方、この1年でプロジェクトが多岐にわたりはじめ、ご紹介を機に常勤メンバーがひとり増え、準常勤メンバー(非常勤よりも関わりが継続的)が2人も参画。とてもありがたいし、心強い。
メンバーに払えるお金も継続的かつ増加傾向にあるし、お客さんからの信頼も厚い印象がある。会社が、器らしくなってきた。
見直す時期
とはいえ、現状維持に専念できるほどの基盤はまだない。提供価値に対して適切な価格設定ができていないところが問題で、対価の考え方を整理して構成し直すことが求められている。
僕が営業せずとも、僕を信頼してくださる方が仕事を持ってきてくださってそれが収益基盤になっているのは本当に感謝しかない。
ただし、僕以外の常勤メンバーが仕事を作って収益化できる体制は構築できていないので、ここの模索がひとつの大きな課題でもある。
大学生インターンを受け入れて8年が経つ。長期インターンを受け入れる企業(内実はただのアルバイトな気がするけど)が福岡でも増えたのと、学生の質も変わってきた。こちらの求める部分も変わりつつあって、ひょんなことからとても有意な東京の学生が参画してくれたこともあって、インターンのあり方も見直す時期に来ている。
一般化×体系化する
この1年、複数の中小企業で組織づくりやマネジメントの話をしてきて、「マネジメントってこういうの必要だよね」と体系的にまとめることの重要性に気付き始めている。
中小企業では管理職とは何かとか、マネジメントって何するんだとか、そういうのがない。
もしあっても、その会社の個別具体的な事情に応じたマネジメントはあるけども、世間一般の、かつ、中小企業に適したマネジメントと呼ばれる社会通念上のものがない。
オーナー特性×事業特性×規模×中小企業あるある×世間一般を踏まえたマネジメントは、個別具体的な文脈を前提に我流で構築するしかない。これをどう一般化するか、腕が鳴る。
もっと言えば、経営サイドから組織をどう作っていき、そこに求められるマネジメントや仕組みはどう変わっていくのか、少し高い位置の話もない。経験談として語られることはあっても、一般的にまとめられたものはない。
そもそも時代が変わる中でそんなこと可能かもわからないが、チャレンジする価値はある。
挑戦のリスタートとスタートアップ
2年前に作った起業経営体験ゲーム(ボードゲーム)がある。
その場だけで終わるかと思ったが、とある大学の起業教育を研究する先生から、奇跡的にお問い合わせを頂いてその大学で実施する運びとなった。
講義終了後、男子学生が僕に
「このゲームに投資したい」
と話しかけてくれて、お、東京ってこんなクレイジーな学生がいるんだと見直してしまった。
よくよく話を聴くととてもゲームが面白かったので何かしらジョインしたいとのこと。
こんな反応を期待していたわけではなかったので、非常に嬉しくてインターン生として受け入れて活動してもらうことになった。
友達のスーパーエンジニアに忙しい中でゲームの一部の要素をウェブアプリ化してもらったり、デザイナーに頼んでボードやカードをリデザインしてもらったり、強力な協力者のおかげで最大限アップデートを繰り返しつつステージを進めるこの感じ、スタートアップに他ならない。資金調達とか派手なことをせずに行けるところまで行ってやる、今はそんな気概である。
「国語力をどうするか問題」
国語力の内容を整理すると、現段階でこのようになる。
- 文脈をつかむ力
- 言葉を聴き取って正しく理解する力
- 文字を読んで正しく理解する力
- 要約して、解釈する力
- 論理構成を整え、筋道を立てる力
- 意見または疑問を正しく持てる力
- 正しい問いを立てる力
- 適切な質問を投げかける力
- 日本語の文法に則して意見を正しく話す/書く力
- 語彙力
- 表現力/説明力(プレゼン力)
- 比喩、または、言いかえる力
1〜3はインプット
4〜7は内的な咀嚼、消化
8〜9はアウトプット
10〜12はすべてを支える力
以上がコミュニケーションの背景にあるものと思っている。
さて、こう考えると「コミュ力大事問題」は、「国語力をどうするか問題」へと昇華できるのではないか。
適切な国語力を身に着けるには「本を読め」といつかどこかの学校の先生(大体は国語の先生とか図書館の司書)から言われることだが、若さの常としてほとんどスルーされてきた行動課題だろう。
では、人はいつ国語力をみがくのだろうか。
①そのまま過ごす
②大学で本を読んで多少上がって社会人になって読まなくなってそのまま
③ずっと本を読んで多種多様な経験と掛け合わせて国語力が上がり続ける
ほぼ多くの人が①②。
なので③の妥協案として、国語力をぐっと上げる機会がたまにある、そんなとこだろう。
で、そのぐっと上げるのをどうするか。これを今からやっていく。
来年くらいに何かしら成果が上がっているはずだ。
たくさん話す場を頂いた
この1年、本当に色々な場で人前で話す機会を頂いた。
もうこんな大舞台ないだろうと思える場もあり、もはや人生のピークだった感も否めない。
今に至るまで話す機会はあるものの、毎回、聴き手が満足行くレベルのものが提供できたかわからない。ただ、講師業とか講演業の人と比べればたいした数ではない。
爆笑問題がテレビで「お笑いの舞台でスベる確率は75%」、「二度と忘れられないと思えるような舞台は35年で一回程度」と言ってて、プロ中のプロからすれぱ自分の経験値は天と地の差がある。
それでも人前での話の良し悪しを科学してみると
・話芸
・話し手のキャラ要素
・話し手のモード(何を狙っているか)
・聴き手の文化コード(参加背景・ニーズ、態度、知識、生育環境や笑いに関する文化)
以上のマッチングによると思う。
とはいえ、わかったとしてもいい話ができるとは限らないので、もうこの場で話すのは最初で最後なのだと思って毎回がんばるしかない。
最終的には精神論。
引き続き
- 勉強する
- 人に会う
以上を続けていく。
この1年は行ったことのないところに行って、経験したことない経験を積むことになりそう。
福岡で起業、8年目に入りました
2022年11月、今年も1ヵ月と少しを残すことになりました。
昨年の記事です。
コロナはあいまいな感じで収まりを見せているような、やっぱり第8波がとか言っている状況で。
でも、天神周辺を歩いていると韓国の方をたくさん見かけるようになったり、2年前はがらんとしていた博多駅や天神地下街は人出でにぎわっていたり。
昔と違うのはみんなマスクをしていることかな。あと、他人に話しかけづらくなったこととか。
業績は過去最高に
先日、業界大手を早期退職で辞めて、50代起業数ヵ月の方とお会いした。
「色々計算すると当初の想定より収益が少なくて、このまま行くとまずいんじゃないか」
まさに起業のリアル。
ただ、僕はこの7年間、意味合いは違うけれども「このままではまずい」とずっと思い続けているし、今も思っている。
それが経営なんじゃないかと。
「会社にした意味あったのか。個人事業主でも良かったんじゃないか」
僕も会社を作ってから4年くらいはほぼ個人事業主レベルでしか仕事ができていなかったけど、ある程度の会社と契約するうえでは法人であることが優位に働くし、法人として情報発信することに意味があったりする。
あと、会社という子供のような箱のような存在を目前にして、経営者本人の心持ちも変わるように思う。
うまく行かない時はうまく行かない時なりに人間は価値判断や学習を行うし、逆にうまくいっている時は誤った成功法則を学習してしまうのだろう。それがやがて大きな失敗の種となる。
この7年間、今思えば苦しい時もあったけど、その時その時の「このままではまずい」を「ではどのような状態であればいいのか」と前向きに思考を切り替えて、その時に考えうるより良い選択肢を取っていった結果、100点ではないにせよほとんどの課題が解決を見ている。
具体的に挙げると次のようなものになるが、会社が少しずつ発達していく段階を踏んでいるのかもしれない。
・1社への収益依存体質から脱却する
・代替性の高い(替えが利く)仕事から、より代替性の低い仕事へ
(ただしこれは今、事情によってあえて逆流しつつある)
・個人体制から組織(チーム)体制へ
・チームの価値を対価に反映させる
・より強固な経済基盤(ストックの収益)をつくる ※ 道半ば
これらを実現していった結果、第7期目は過去最高売上&利益を達成した。
「起業してから酒量が増えた」と先ほどの起業した方は言っていた。
大丈夫、僕も前から減ってない。
仕事自体は楽しくやっているが、ふと気を抜いた時、無意識に感じていたストレスが顔を出して酒に逃げているのかもしれない。
酒をやめられたら僕は仙人の境地に行けるんじゃないかと思っている。
チーム体制
そんなわけで、業績は良くても心安らぐ日が訪れるわけでもなく、常に会社が進化していくことを楽しんで苦しんでいる自分がいる。
最近読んだ本に「キリンは600万年かけて首を4m伸ばし、あの形になった」と書いてて、一年平均で1万分の6㍉(多分)と思うと、そんな感じで会社も進化していけばいいかなと。
解決していった会社の課題のひとつ「個人体制から組織体制へ」について。
なぜ個人事業主ではダメかというと、そもそも自分がいい組織を作るために起業しているので、いつまでも一人でやっていたら自らの使命を放棄することになるから。
それで、この2年くらいは意識的にチーム構築と、チームで受けられる仕事をつくりだすことと、チームでやったことをお客様から頂く対価に反映すること、この3つを取り組んできた。
雑に3つ書いたが実はその過程は長くて、最初はとりあえずチームを作って、何につながるかわからない自主開発的な仕事をしてお金だけ払って(※)、しばらく時が過ぎた。
※ 何になるかわからない、趣味のような仕事だったので僕は「パーソナル・ベーシックインカム」という呼んでいる。壮大な実験だったが結果的に一時の成功を見ている。ちなみにそのメンバーはこちら。伏線だったんだなぁと。
その間、以前からの知り合いに在宅メンバーとして加入してもらって、お客様との仕事や僕が持ってる仕事を振るようにした。そのことは昨年も書いた。
それで次の課題は、チームでやってることをいかにお客様に理解してもらい、その価値をお金に換算し、対価として請求するか。ここが大きな壁だった。
やってみるとそんなに難しくはなかった。けど、今でも思う。お客様は会社にお金を払ってるけども、「僕という存在価値」にお金を払っている節もある。これを補完する形でメンバーの価値をどう伝えるか、大きなポイントだった。
結果的にうまくお金に出来て、お客様にも喜んでいただけたので、うちのメンバーが動くことでより高い価値を提供できるのだと今では自信をもって言える。
実際、以前の自分一人体制では絶対にできなかったようなことが、今はチームで実現できていると、この一年で痛感した。
書き出せばキリがないが、具体的に書き残しておくと
・メンバーの一人が仕事をしているうちに必要に感じてGAS(Google App Script)を勝手に学んでくれて、自走するようになった(もはや僕のレベルをはるかに凌駕)
・僕が解決できなかった問題をメンバーのアイデアで解決できた
・僕がやるよりもはるかに上手に、お客様と関係を構築して付き合っている
・僕が動けない間に、メンバーが動いてくれてお客様も助かっている
・僕が収集した情報をもとに計画を進めようとしたが、何気ないミーティングの拍子に、メンバーが持っていた情報が実はすごく価値を持っていることがわかり、それが結果的にお客様のためになった
・やはり社長は最後の砦感あるので、僕が最初から出ていかないことにお客様への対応上は効果もある
などなど、組織の力ってやっぱりすごいと実感した。
リーダー、あるいは、マネジャーの仕事とは、自分ができる仕事を他の人にしてもらうだけではなくて、自分ができないことをいかに他の人にしてもらうかも含まれている。むしろこちらの方が重要な業務であると思う。
「積み重ね」でしかない
しかし、何もかもをチームでやることが良いとは限らない。
僕にしかわからないこと(かなりの努力を要する)を、変にチームでやろうとするととてもじゃないがうまく行かない。
なので、その領域は僕ひとりでやって、その分他の人にはマネできない付加価値の高いものとして一定の対価を得られる(ここがある分、チームに投資ができる)。
また、次の課題となる「労働集約的業務からストック型経済基盤の構築へ」は目下取り組み中だが、要は僕やチームがリアルタイムで動くとお金を得られるが、何もしてないとお金が入ってこない状況は将来的に不安しかないからこれをやらざるを得ない。
楽して稼ぎたいのではなく、新しいことに挑戦するには安心して取り組める後ろ盾が要るからだ。
以前は同じビジネスモデルで顧客を分散させることを意識してきたが、今は収益の獲得方法(ビジネスモデルそのもの)を分散させていることになる。
様々な会社を見てきて、基本的に新しいことへのチャレンジはほとんどの人が消極的であると言ってよい。なんやかや理由をつけてやらないか、遅らせる。最終的にはやればよいのだけど。
僕のモットーのひとつに「ゼロはいつまで経ってもゼロ」ってのがあって、0.00001と0の差は天と地の差があると思っている。一つでもいいから、間違っていてもいいから、とにかく何かのレンガを積んでみる。しかも、何かを作ろうと意図的にでなくてもいいから、とにかく積む。
結局、僕が今実現できていることも、過去になぜか積んでいたものが、あるいは、種をまいていたものが、何かしらの形で実を結んでいるに過ぎない。実は、その背景にはいまだ陽の目を見ていない無数の積み重ねがあって、ほんの小さな出来事だけが運良くつながっただけで、僕の能力とかは関係がない。ただ感謝して生きるだけだ。
人間関係にしても、基本的にメンバーは何年(何十年)も付き合いのある人だけで、ちょっと会った人とどうこうなるというのは僕には難しい。だからこそ会社は大きくならないのだけど。
IT関係の知識も、僕が幼少期にわずか短い期間だけあったパソコンを触っていたとか、大学生の時にインターネットで色々遊んでいたとか、そういう経験が今に活きている。当時は仕事につながるとかまったく思っていなかった。
したがって、やはり人生にムダは無いというありきたりな結論になる。だから僕は新しいことに挑戦し続ける。
ローマは1日にして成らず/すべての道はローマに通ず
ここ2~3年くらい、ビジネス書を読まなくなった。本屋に行ってもビジネスコーナーを素通りすることが多い。
理由はいろいろあるけど、単純にビジネス書はつまらないと感じるからだと思う。それで、今は塩野七生『ローマ人の物語』文庫版全41巻のうち29巻までを読み進め、他には進化生物学とか脳科学とかを読んでいる。
『ローマ人の物語』文庫版27巻と28巻は、他の巻と異なってローマ帝国のインフラについて、ハードとソフトの両面にわたり見事なほどにまとめられている。
印象的なのはラテン語に「インフラストラクチャー(infrastracture)」に当たる語は無く、では、何百年もかけて通した12万kmの道や芸術的なまでの水道橋、河にかける橋、街中の上下水道、数々の公共建築物はローマ人に何と呼ばれていたのか。
意訳すると「人間が、人間らしく生きるためのもの」という言葉で、まさにそれこそが「文明」だった。見出しのことわざはよく聞くけども、これを読むまで本当の意味を理解はしていなかった。
それで、私たちが長い時間をかけている会社や組織のインフラ(人が人らしく働けるもの)とは何だろうかと思うようになった。ローマ人が毎日少しずつ道を通していたように(数々の戦争で中断はあったが)、僕も何かを通していく必要がある。
今、ここで答えがあるわけではないけども、インフラの観点から組織を眺めることでまた違った風景が見えるだろうと思う。こういうのはビジネス書から得られる洞察ではない(別にビジネス書が悪いわけではない)。
ちなみに、最近たまたま土木関係の方とお会いすることがあって、唐突に僕が古代ローマ人について語りだして、インフラの意味をお伝えしたところいたく感激されて気に入られたようだった。
光あるところに必ず影はあるのだ
この一年、いいことばかりがあったわけではない。
・父親が亡くなった(享年77歳)
・子ども経由でコロナになった(後遺症とかはない)
・買ったばかりの車(中古)を思いっきり削って修理代が多額にかかった
・その時の代車が、繁華街5車線のど真ん中でバッテリー故障を起こし車が止まって大往生した
・修理から戻った車にしばらく乗らなかったらバッテリーがなくなっていて乗れなかった
・50万先払いしていた仕事相手に特に成果物なく逃げられた
・頼もしいメンバーのひとりがもうすぐ抜ける予定
目立ったところはこんなところかな。
もちろん人との出会いや、昨年から動き出したことが色々と花開くこともあったり、旧交を暖める機会が得られたり、移動が多くなったりとかいいこともたくさんあった。
「悲しみの果てに何があるなんて俺は知らない」(エレカシ)
そしてこれからも
今の課題は明確で、ある程度これまで積み重ねてきたものも捨ててしまって、新しいことを積み重ねないといけない。具体的に言えば、売上の大きな所に目を向けるのではなく、小さくても良いから着実に会社の経済インフラにつながるものを大切にすることだと思っている。
その先に見える風景から何を考えるかは、その時考えれば良いのであって、とにかくこれからも
勉強する
人と会う
これは継続する。
来年の今頃は、また少し首が長くなった風景を見ていたい。
福岡で起業、7年目に入りました
2021年10月現在、コロナはまだ落ち着きません。
前回書いた記事から一年。
社会的な状況で大きく変わったところといえば
・ワクチンができて接種した人が増えたこと(10月11日時点で二回接種が63.5%)
・「抗体カクテル療法」など実効性の高い治療法が見つかったこと
・重症化を抑える特効薬「モルヌピラビル」に注目が集まっていること
・緊急事態宣言は2020年の1回に対して、2021年は既に3回(延長あり)
・緊急事態宣言中でも人出が多くなってきたこと
何となく光の筋が射しているのが見えてきたものの、抜本的な状況の打破には至っていないのが実情です。
福岡でも9月に一日あたり1000人を超えるPCR陽性者が出るようになり、親しくしている社長含め数人が感染しました。
30代にもかかわらず、肺機能が非常に低下して、数週間経った今でも疲れやすいなどの症状があったり、一時期は味覚がなかったりと、日常生活に支障をきたすレベルで大変な思いをしたとのことでした。
忙しくてワクチンも打てていなかったのも災いで、とにかく、よくわからない言説に左右されてコロナをなめてかかったりしない方が良いようです。
業績は横ばいだが可能性は右上がりに
今でもスケジュールだけはアナログ手帳にしています。
10月のページを開くと、空いている日は週に1日程度で、他の日はだいたい何かの予定が書きこまれています。
3年前くらいは週に2~3個の予定が書きこまれていれば十分な感じだったのですが、今は1日に2~3個書き込まれている日も多く、大きく様変わりしました。
手帳もここ数年で少し大きめのサイズに変えたので、自分の仕事の状況が変わったのだなとしみじみと思います。
昨年、それまでの2倍以上の売上になり、コロナが続く中これからどうなるだろうとは思っていましたが、今年はほぼ同じで前年比4%増となりました。
これは非常にありがたいことで、しかも、売上構成は一社に依存することなく、30%未満が複数ある状態です。
起業後3年くらいで「脱・メイン取引先依存」を掲げて取り組んでいましたが、その状態がようやく実現できたと言えます。
取引先が複数に増えたことで経済基盤は安定し、収益も将来的に見込めている部分があるので計画を立てやすくなりました。
また、昨年からの取り組みが実を結び、少ないながらもまったく新規の取引先からの売上も得ることができました。
コロナになってから、それまで対面用で使う資料の作成を主にしていましたが、オンラインで使えるコンテンツの作成や開発に取り組み続けています。
新しいビジネスゲームの開発や、既存コンテンツのバージョンアップにも取り組んでおり、引き合いも少しずつ増えていることから、将来的な可能性は拡がっているように感じます。
新しいオリジナルゲームを作った
ものごころつく前からファミコンで遊んでいて、社会人になってからしばらく鳴りを潜めていたもののコロナをきっかけにSwitchとPS4を買い、遊んでみていました。スマホゲームもやっています。
昔「こち亀」を読んでいて登場した「ハイパー小学生社長」の「電極+(ぷらす)」が「ゲームはやらない。つくって売る方」みたいなことを言っていたのがとても印象に残っていて、でも、自分は作る方に回ることはないんだろうな、と思っていました。
ですが、コロナをきっかけにビジネストレーニングにゲームは有効で、しかもそれがオンラインであればなお良いという流れに乗り、やったこともないゲーム開発に取り組むことになりました。
ゲームを作ったことはありませんが、ゲームをやった経験は人一倍あったので、分析力がものを言って、全体のシステムをどうするのか、どの要素をどういう風に掛け合わせたらよいのか、また、そこにストーリー性を持たせてプレーヤーに少しでも良いので没入感を与えるにはどうしたら良いのか、などを考えて少しずつ形にしていきました。
プログラミングをする余裕はないので、ブラウザベースで出来るゲームをフリーのプラットフォームを活用して形にしました。
「なんかおもしろそう」で増える仲間
「ゲームを作ってるんだけど手伝ってくれない?」というと、ゲーム世代の人はなぜかおもしろがって進んで協力してくれて、特に報酬もないのに一緒に考えてくれたことは良い機会になりました。
最初は2人から始まり、3人、4人、5人、6人というふうにドラクエっぽくなっていき、最終的には大学の講義でゲームを取り上げてもらって、30人くらいの学生に経験してもらいました。
もともと、大学の講義で使ってはどうか、というゴール設定から始まった話なので、半年間でここまで達成できたのは非常に大きな前進だったと思います。
仲間への投資と活躍
仲間が欲しいと言い続けて5年、少し前からすでに部分的に協力してもらってはいましたが、今年の初めくらいから在宅ワーク常任で協力してくれる人を3人くらいに増やしました。
自分が苦手とする業務をお願いできることになって、こちらのストレスがとても減ったのと、時間の使い方に余裕が出てきたのはまちがいありません。
在宅なのでマイペースで仕事をしてもらえるし、制約が多い分、ムリなときは事前調整がスムーズなので非常にやってよかったと思っています。
ちなみに僕は以前から「ベーシックインカム」に強い興味・関心を持っていて、それは幼なじみがニートだからということもあるのですが、在宅の一人はその友達にお願いして月々一定額を支払ってみる、ということをやっています。
普通であれば、成果とか労働時間への対価を支払うのが当たり前ですが、とりあえず払うから何かやってくれ、の感じで、売上になるとは限らない仕事をつくってはやってもらい、の繰り返し。
特にうつ病とかではないので普通に仕事はしてくれるし、この前も「携帯買いたいから会社からの収入を書いてよいか」とか「奨学金返せた」とか前向きなことを言っているので、仕事をしてもらっている以上純粋な意味でのベーシックインカムではないかもしれないですが、多額ではなくても毎月の定額収入が、生活や精神の安定につながることを実感しており、ベーシックインカムのプチ実験はできたと思っています。
拡がる仲間の輪
事業を進めていると、今の自分が持っているリソースだけではできないことが出てきます。特に、プログラミングやデザインなどの技術的な部分、商品の認知度を高めて売上につなげる営業展開などは、僕にはできないので積極的にお願いするようにしています。
それに加えて、この秋から「中小零細企業のDXを推進するギルド」を作って、ゆるやかなネットワークを立ち上げました。まだ組織らしからぬ組織で、お互いに学習を進めている段階ですが、来年の今頃は一定の成果を見ているのではと思っています。
健康の重要性と労働集約型ビジネスモデル依存からの脱却
これまで、かなり前向きなことやうまく行っているような雰囲気のことをたくさん書いてきましたが、必ずしもそうではありません。
今の取り組みが売上に絶対につながるとは限りませんし、外部の仲間にお願いする代わりに費用は増えて、自分の給料は上げられない状態にもなっています。
また、7月に急病になり緊急入院して仕事に穴をあけてしまい、自分が動くことでお金を得られるビジネスモデルの限界とリスクも実感しました。
仲間とのネットワークがある以上、それを価値にして含んだ収益の請求ができれば良いのですが、その道筋をつけることが一つの課題。
そして、健康リスクは常につきまとうので、自分の健康維持向上に努めることはもちろんのこと、自分が動かなくても収益が安定的に立つような仕組みを構築することが次の課題。
これからも
以上の2つの課題を解決するために、
勉強する
人と会う(コロナ真っ盛りのときよりも少しハードル下がってきた)
これは継続する。
また一年後は良い内容を書いている自分でいたい
福岡で起業、6年目に入りました
2015年10月に会社を作ってから5年が経ち、6年目に入りました。
「よっしゃ乗って来たこれからやー!」
まさにそんなときにコ〇ナが来ました。
(もう見飽きてると思うので伏字にしておきます)
ご愁傷様Ω\ζ°)チーン
サバイバルゲーム
ベンチャーの起業生存率は
5年後 15.0%
10年後 6.3%
20年後 0.3%
だそうです。
とりあえず15%の生存率をクリア。
起業して5,6年経つとそれなりに自分の真の強みとかもだんだんわかってきて、至らなさもわかってきて、必ずしもうまく行くわけではないけど成功パターンが見える場合と、そうでない場合とかもわかってくる。
起業を目指している数人に対して、自分の経験をもとに個人的にアドバイスしていくと、「あ、それ○○さんも言ってた」と教えられて、他の経営者が同じことを経験しているのに気づく。
起業の初期段階である程度の成果を出すには、やはり同じ道をたどる必要がある。特に、労働集約型のビジネスモデルでは。これが多少の技術力があって、世の中に広く商品やサービスを普及させようとすると話がちがう。それはそのやり方がまたある。
いずれにせよ、起業後のサバイバルゲームはとてもシビアで、準備もなしに安易にやってはいけないし、やるべきではない。そのことは僕が一番身に染みてわかっている。
次のステージへ
最近思う。
なんか俺、こなれてきたな。
つまり、今のまま続けていったら間違いなく取り返しのつかない失敗をするのが感覚としてわかる。
数年前の、毎日びくびくしていた感じが今はかなり減った。
というか、そのびくびくを無くすためにもがき続けてきた結果の今があるので、その意味では良かったのだと思う。
でも、あの当時のがむしゃら感とか先が見えない中で試行錯誤を続けてきた苦しみを考えると、今の自分に前進と繁栄は待っていない。
じゃあ、その状態でなんとなくやっていきたいか?
否。断じて否!
次のステージに足を踏み入れる必要があるし、ここ数カ月の動きはその始まりだと思う。
がっくり来たのよ、ほんと
コ〇ナで色々な流れが止まったり鈍ったりする中で、自分が思い描いていた先の展開が大きく閉ざされたのは事実だ。
実は、コ〇ナがありながらも昨年一年間の第5期は、それまでの活動が実を結んで花開き、横ばいだった第3~4期の2倍以上の業績をたたき出した。
もちろん色々な方の支えがあってのおかげなのだが、自分ひとり体制でそこまでやれたのは感慨深いものがあったし、数年前の自分がそこまでできるとは思ってもいなかった。
ただ、実感として「今の自分ではこれが限界なんじゃないか」―そんな踊り場に乗った感覚もあった。これ以上やると、どこかで今の生活スタイルに無理を生じさせる、そんな気がしていた。
でも、行くとこまで行ってみようと思っていた矢先、コ〇ナはやってきた。
かつてない業績をたたき出した勢いと、見えていた先行きはすべて失われた。
僕は少なからずショックを受けていたらしく、緊急事態宣言が出て以降は、しばらく鳴りを潜めて何も考えないことにした。普通ならコ〇ナ後のビジネスのあり方を考えるとか、生産的な時間に充てるべきだったのだろうが、これまでの成功体験を捨てる意味で、リハビリが必要だった。個人的な「禊(みそぎ)」の時間だったのだろう。
仲間との協働が道を開く
毎年「仲間がほしい」と書き続けて5年。
相変わらず雇用という形での正式加入はまだないが、仲間と呼べる人たちとの協働体制はかなり構築されてきた。
新たな展開はそのような中から生まれた。僕ひとりで考えていても、決して生まれなかった流れだ。
簡単に言うと、コ〇ナになって企業は対面形式での集合研修が難しくなったので、じゃあ、オンラインでできるビジネスゲームを一緒に開発しようという話になって、実際に開発したのだ。
元々は、そのゲームを100円ショップの物とかを駆使して作成し、アナログで行っていたものを、オンライン化しただけの話。
ただ、ニーズとしてはそう多くないだろうと見ていたし、ほんとに誰か必要とするのかな、くらいに考えていた。でも、元々好きなゲームだし、少しでも広がるといいなと思って挑戦した。
進めると案外さくさく進み、1週間くらいで完成。2020年8月に会社のサイトにリリースした。ま、誰も見ないだろうな、とは思いつつ、一応。
そして1ヵ月後、1通の問い合わせが来る。
「オンライン研修で検討したい」とのこと。
え? まじで?
みたいな感じで対応したが、その話は流れてしまった。まぁまぐれだろう。
しかし、2ヵ月後、2通目の問い合わせ。
その1週間後、3通目の問い合わせ。
今度はオンラインで説明したら、どちらも反応が良くて前向きに検討してくれるとのこと。
これはどうやら偶然ではないらしい。
しかも、内容がかなりニッチなだけに、問い合わせをしてくるお客さんの質が、普通に営業していては絶対につながらないようなところばかりで、零細の僕からするとびびってしまう。
これまで積み重ねてきた成功パターンは、僕という個人をベースにした信頼関係のもとに紹介をつなげる黄金律だったが、今回の動きは質も量もまったく違う。
特定のニーズを満たすコンテンツについて情報発信することで、それを求める人が自らオンラインでつながってくる、まさにネット時代の成功パターン。しかも、コ〇ナ時代だからこその流れでもある。
「それ、当たり前でしょ?」と思われるかもしれないが、自分で実際にやってみて体験するのと、言うだけでは話が違う。しかも、狙ってやったわけではなく、一応発信しとこうかなくらいの気持ちで思い立ってやったので、驚きもその分大きい。
コ〇ナ前までの流れと成功体験を捨てる必要があった僕にとって、今回の流れはとても新鮮で、協力してくれた仲間にはとても感謝している。
もちろん、すべてをこの動きに変えるわけではないが、1本でもヒットを打てるように、まずは打席に立つ回数を増やしていきたい。
そしたら仲間の正式加入もそう遠くはない。
変わらないことと、少し変わったこと
勉強する
人と会う(んだけど、以前より難しくなってきたから、そのための努力をする)
コ〇ナ時代に少し寄せた自分と会社、また1年がんばる。
はてなブログでソースコードの背景色変更&コードハイライトやってみた
こういうのやってみたかったんです。
<?php $title = "「phpを学ぶ」"; echo "この文章のタイトルは".$title."<br>" ; echo ("phpの勉強は").("楽しい(白目)"); ?>
ところが最初うまく行かなくて
「はてな記法」に編集方法を変えてこう(>|言語名|(内容)||<)書くといいよ…
とのことだったのですが、書いてみると白背景になんとなく、な感じで、あれ?と思いまして。
最終的に、色々調べた上で↑↑のようにできました。
やったこと
デザイン設定へ
スパナマーク>フッタに下記コードを追加
<script> var codeBlocks = document.getElementsByClassName('code'); [].forEach.call(codeBlocks, function(e) { if (!/lang/.test(e.className)) { return; } var lines = e.innerHTML.split(/\n/); var codeBlock = ""; lines.forEach(function(line){ if(line != ""){ codeBlock += '<div class="code-line">' + line + '</div>' } }) e.innerHTML = codeBlock; }); </script>
デザインCSSに下記コードを追加
/*code-lineクラスの数でカウント*/ .code-line { counter-increment: linenumber; } /*行番号を擬似要素として表示*/ .code-line::before { content: counter(linenumber); display:inline-block; color: #ccc; text-align: right; width: 35px; padding: 0 15px 0 0; } /*コードブロックに言語名を表示*/ pre.code:before { content: attr(data-lang); display: inline-block; background: black; color: #fff; padding: 3px; position: absolute; margin-left: -10px; margin-top: -30px; } pre.code { padding-top: 30px !important; } .entry-content pre.code { background-color: #2E2E2E; color: #ffffff; } .synComment { color: #6272a4; } .synConstant { color: #ffff14; } .synIdentifier { color: #58ACFA; } .synPreProc { color: #a199c8; } .synSpecial { color: #c000c0; } .synStatement { color: #50fa7b; } .synType { color: #ff1493; }
ちなみに「言語名」は小文字で書かないと反映されません。
以上です。