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ハリーのタカの目ブログ

起業日記になりそうな予感

第九を博多弁にしてみた

第九と言えば年末。

年末と言えば第九。

 

年末特別企画ということで、第九を博多弁にしてみました。

これは、決してふざけているわけではなくて第九について色々と調べていたところ、歌詞の意味がちょっと難しいなと思ったわけなんですね。

一体、これをつくった詩人のシラーは、そしてベートーベンはどういうことを言いたかったのだろうか、と。

それで、身近なものに例えたらわかりやすく親しみやすくなるのでは、と思って生粋の博多っ子の方にご協力いただいて、意訳もありますが博多弁にしてみました。

そうしたら、結構わかりやすくなって読んでるとじわじわ来る感じになりました。

なお、博多弁も地域によってかなり変わるので「こげな言い方せんばい」という方もいらっしゃるかもしれませんが、そこはご容赦ください。

ブロックごとに、まず第九「歓喜の歌」の原訳をWikipediaから引用して、そして博多弁を載せます。

おお友よ、このような旋律ではない!
もっと心地よいものを歌おうではないか
もっと喜びに満ち溢れるものを

ちょっとくさ、こげなメロディーじゃなかとよ
そうじゃないで、まーだ気持ちのよか
歓喜にあふれかえった歌ば一緒にうと(歌)うちゃり

 

歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高な汝(歓喜)の聖所に入る

歓喜よ、お櫛田さんのきれーいか火花よ
天の上におらっしゃあ楽園のおなごたちよ
うちたちは力いっぱい酔ってくさ
気高いあんたの縄張りに足ば踏み入れるったい
聖なるあんたの崇高な場所にくさ!

 

汝が魔力は再び結び合わせる
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
汝の柔らかな翼が留まる所で

時の流れがえらいこと切り離したもんば、あんたの魔力はまた結びあわせるもんね
あんたのゆたーとした翼のとこで、みーんな人は兄弟になるげな

 

ひとりの友の友となるという
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
彼の歓声に声を合わせよ

ひとりでもほんとの友達になったらくさ
大きか成功ば勝ち取ったもんになるげなばい
そいで気持ちのやさ―しか嫁御ばもろうた人はくさ
あの人の歓声に声ば合わせたらよかちゃない

 

そうだ、地上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい

そうたい、たったいっちょと言うてもくさ
ここで分け合う魂があるとか言いようんなあとなら
あんたもかたればよかったい
ばってん、それがどげしてもできんかったら
泣きべそかいてこの輪から出て行きんしゃい

 

すべての存在は
自然の乳房から歓喜を飲み
すべての善人もすべての悪人も
薔薇の路をたどる

生きとうもんはくさ
自然の乳房から歓喜ば飲んで
よかもんも、悪かもんもみーんな
自然のバラ色の小道ばたどるとよ

 

自然は口づけと葡萄酒と 
死の試練を受けた友を与えてくれた
快楽は虫けらのような者にも与えられ
智天使ケルビムは神の前に立つ

キスとワインと死の試練にくさ、試されんしゃったほんなもんの友達ば、自然はうちたちに与えんしゃったとよ

(中洲の)さびしか快楽は虫けらに放られてくさ

えらか天使さんがお櫛田さんの前に立っとんしゃあと

 

神の壮麗な計画により
太陽が喜ばしく天空を駆け巡るように
兄弟よ、自らの道を進め
英雄のように喜ばしく勝利を目指せ

太陽がくさ、嬉しそうに

天のでっかい計画に従って駆け巡りよんしゃあように

 あんたらくさ、わが道ば進みんしゃい

嬉しそうに、勝利に向かう英雄のごたくさ

 

抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
愛する父がおられるのだ

みんな抱き合えばよかろうもん

このキスば世界中にしたらよかろうもん

ねえ兄弟、この星空の上にはね

お父っつぁんのごたぁお櫛田さんがきっとおんしゃあとよ

 

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう

 みんなひざまずきんしゃったかいな?

この世界ば創んしゃった人ば予感しとうかいな?

星空の彼方ば探してみてんしゃい

星々の上に、あん人はじぇったいおらっしゃあと

 

以上です。

僕の思いとしては、「ご当地第九」で地方が何かしら盛り上がることです。

それぞれの方言で第九の歌詞を翻訳してみて、その土地の出身の人が少しでも親しみを持って第九の演奏会に行ったり、一緒に歌ってみたり、ステッカーとかタオルとか出たりするといいなと思ってます。

ゆるキャラももう飽和状態だと思うので、次は第九どうでしょう。

 

それと、いくつか歌詞を考える上でのポイントです。

最初の段落は、ベートーベン自身が書き加えました。

「こげなメロディーじゃなか」と言っているのは、それまで第1楽章から第3楽章までのメインメロディーを、第4楽章でふと思い出すように演奏するのですが、それをすべて打ち消すようにチェロ・コントラバスが入ってきます。

そしてその調子でバリトンが最後に「これじゃない!」と歌って、有名な歓喜の歌のメロディーが始まる、そういうことなんですね。ベートーベンは第1楽章からさんざん40分くらい聞いてきた聴衆を何だと思っていたのでしょうか。

 

次に、ここで言う「神」はキリスト教の神を指しているわけではないということです。

しかし、表だって「神は他にいるんだ!」などとは言えませんので「いるに違いない」とぼかした表現になっています。自由や平等、とにかく人類愛の歌ですから。

なので、ここでの「神」をあえて博多のみんなが思い描ける「お櫛田さん」にしています。

 

みなさんもご当地第九、つくってみませんか?